バリは燃えているか

バリ島を訪れる多くの観光客は、拳を突き上げたイラストの描かれた大きな看板を島の至る所で目にすることだろう。

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(画像出典:FOR BALI)

現在バリ島では、マングローブと干潟が広がる海を埋め立てて巨大人工島を作り、世界的リゾートアイランドの建設が進もうとしている。約800ヘクタール(東京ディズニーランド16個分)の海を埋め立て、ホテル、ヴィラ、ショッピングモール、テーマパーク、ゴルフ場などが作られるという。

二転三転としながらも計画が進む中、「埋め立てを止めさせるために立ち上がろう」というバリの人々の熱い思いは、着実に強くなってきているようだ。

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(画像出典:FOR BALI)

開発の経緯

年間1,000万人もの観光客が訪れるバリ島。そしてその数は毎年右肩上がりで増え続けている。島の人口も1995年は280万人であったが、わずか20年で2倍の420万人まで膨れ上がった。人口爆発と都市部や観光地への過剰な人口流入はバリ島のみならずインドネシア社会全体で問題となっている。

若年層の失業率上昇は社会不安を巻き起こす。現在の経済成長率5%では増え続ける若者に十分な仕事を与えられず、あと2%の上乗せが必要だと言われている。そして、多くの人々に仕事を与える最も手っ取り早い方法は、大掛かりな土木工事であることは、洋の東西を問わない。

ベノア湾 埋め立て バリ
(画像出典:FOR BALI)

バリ島は大きく分けて北の大きな島と南の小さな島に分けることができる。その形は飛行船の大きな気嚢と下に付いているゴンドラのよう。その大小二つの島の間が細い回廊のような狭い土地で繋がっており、その部分に島の玄関口であるデンパサール国際空港が作られた。

このような構造のため、交通渋滞の酷さは悪名高きジャカルタにも負けないほど悪化。そこで2013年、南北の島と空港を結ぶ海上道路がベノア湾上に建設された。島民や観光客の多くはこの新しいバイパスを喜んだ。だが、それは大開発の序章に過ぎなかったのだ。

経済発展か、島の誇りか

開発を指揮するのはトミー・ウィナタ率いる財閥AGグループ。軍部との強い繋がりを足掛かりに極貧生活から一代で大財閥を築き上げた彼の名を、インドネシアで知らぬ者はいない。冷徹なビジネスマンでもあり、社会事業家でもある彼は、現代インドネシアを象徴する人物だ。

ジャカルタ南部に開発した新都市SCBDにて111階建てビルの建設を予定し、ジャワとスマトラ島を繋ぐスンダ海峡大橋の建設という国家規模のビッグビジネスをも構想する。そしてバリ島でのリゾート開発と観光事業も、彼のインドネシア経済成長大構想の根幹を成す。

ベノア湾の埋め立て事業に関してはこのような持論を展開する。

マングローブの森を破壊し続けたのは他でもないバリ人だ。彼らはこの湾に注ぐ河川の上流で森林破壊を繰り返し、多くの土砂が湾に流れ込んでいる。我々が人工的に管理しなければ湾は十年後には自然と土砂で埋め立てられ、マングローブは全滅するだろう。

インドネシアでも熱狂的な人気を誇るサッカー界の世界的スーパースター、クリスティアーノ・ロナウド氏をバリの”マングローブ親善大使”に起用し計画のイメージアップを図り、ユドヨノ前大統領から開発推進の大統領令を発令させることにも成功。

しかしその強引な進め方は、バリ島の人々に怒りを募らせ始めた。

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(画像出典:TWBI)

日ごろ温厚なバリ人は、これまで大きな社会運動を経験したことが無かった。豊かな自然の恵みの中で農業を営みながらバリ人は生きてきた。だが観光地として注目され始め多くの旅行者が訪れるようになると、土地を切り売りし大金を手にする者が出始める。

開発業者の言いなりのまま土地を手放し、多くの田や森がホテルやヴィラに変わり、大型ショッピングモールも続々と建設された。わずか30年前はバナナの葉っぱを皿として使っていた人々は、突如現代消費文化に投げ出されてしまった。

バリ人の怒りは、次々と開発される土地の変容ぶりだけに向けられているのではない。変容してしまった自らの心にも向けられている。島の姿の変貌は、島民の心の変貌であると彼らは気づき始めた。

開発業者を非難するだけでは、何も解決しない。島民が変わらなければいけないのだ。これまで放置され続けてきた環境破壊やゴミ問題にも、バリ人はようやく目を向け始めた。

今までは良くも悪くも”受け身”で幸福に生きてきたバリ人は、自らで未来を考え、自らの手で切り開こうとしている。

(動画出典:FOR BALI)

美しいバリを取り戻すために

多くのアーティストたちに愛されてきたバリ島。そんな島を愛する芸術家や音楽家、多くのNPOや若者などが集まって結成されたのがFOR BALI(埋め立て反対バリ市民フォーラム)だ。アーティストたちが作品を通してメッセージを世界に拡散することで、活動とその支援の輪は大きくなっていく。

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(画像出典:WD street art ヨーロッパで活躍するバリ出身アーティスト)

バリ出身でインドネシア・パンクロック界のスーパースターでもあるSID(superman is dead)は、長年のバリにおける環境・文化啓蒙活動を経て、FOR BALIの中心的メンバーとなった。彼らはジャカルタでテレビ出演する際には、このベノア湾埋め立て反対運動への理解と協力を視聴者に乞う。

それまでは反対運動を黙殺してきた中央のメディアも、彼らを黙らせることはできなくなってきたようだ。

(動画出典:NET.TV)

開発を推し進めるトミー・ウィナタ、反対派の旗手SID、そして環境問題に取り組みつつ経済発展も進めなければいけない新大統領ジョコウィ。

ジョコウィは就任早々、トミー・ウィナタが進めるスンダ海峡大橋の建設許可を取り消した。環境保全と経済効果に疑問が残るという理由で。次なる戦いはバリ島。インドネシアはしばらくこの三者から目が離せないだろう。