世界チャンピオンの拳を守る日本皮革製グローブ・・・その裏に隠された皮革産業の歴史

世界チャンピオンの拳を守る日本皮革製グローブ・・・その裏に隠された皮革産業の歴史

日本は繊維大国である。熱帯地方の特産だったはずの木綿や桑を栽培し、そこから日本特有の織物や染め物を完成させた。

昨年世界文化遺産に登録された富岡製糸場は、そのシンボルと言っても過言ではない。70年代に中国製の生糸製品が市場に乗り出すまでは、“東洋の繊維産業の王者”として富岡シルクが君臨していた。また木綿も江戸時代当時は“庶民的で質素な素材”という位置付けだった。それほど綿素材製品が列島に隙間なく普及していたということだ。

同時期のヨーロッパでは、木綿は絹に次ぐ高級品だった。だがその影を被るかのように、日本では長らく不遇の地位にあった産業が存在する。皮革産業だ。

 

「不浄」の産業

日本には“穢れ”を根拠にする差別的な発想をする場合がある。物質的な“汚れ”ではなく、科学的に解明できない不浄の何かである。これは完全な宗教概念で、日本では今でもその発想の残っているところもある。

そんな民族が最も恐れる“穢れ”は、生き物の血に由来するものだ。そもそも日本人は、戦乱期の例外を除いてほんの150年前まで動物由来の食物や製品に接することはあまりなかった。西日本では特にその傾向が顕著だった。

だから、皮革製品を作る業者は社会的地位が低かった。血の“穢れ”に毎日触れるからだ。江戸の斬首刑は『山田浅右衛門』一族という専門の武士が担当したように、皮革業者も徹底した身分固定の枠に入れられた。“穢れ”が広がらないためだ。

皮革業差に対するこうした差別の目は、文明開化後も変わらなかった。

 

「弾左衛門」の孤軍奮闘

江戸時代、関東の皮革産業を独占していたのは弾左衛門一家であった。先述の『山田浅右衛門』と同じように、この家系は先祖代々『弾左衛門』の名を襲名している。

『弾左衛門』に与えられた独占権は多岐に及ぶが、その中でも死んだ家畜の処理は非常に大きな利益をもたらしていた。徳川幕府の政策の特徴として、『権財分離』というものが挙げられる。将軍家に近い親藩大名の領地を少なく抑え、逆に外様大名や被差別民には財的特権を与えることで安定的な政治を可能にしようという発想だ。

そのため、『弾左衛門』は世間から偏見の視線を向けられる代わりに巨万の富を得ていた。しかし、それは明治維新を迎えてすぐに覆されてしまう。

最後の『弾左衛門』こと弾直樹は、維新と同時に皮革産業を近代化しようと奮闘した。もやは幕府の後ろ盾はなく、被差別民が生きていくためには経済的自立しかない。弾はアメリカから皮革技師のチャールズ・ヘニンガーを招聘し、滝野川の土地に革靴工場を建てた。だがその挑戦は、明治新政府が弾から皮革独占権を没収したことで失敗に終わる。

もっとも、この独占権没収は日本以外の国でなら間違った判断とはならない。一企業による産業シェアの100パーセント支配は、産業そのものの未来性を奪ってしまうからだ。だが、皮革産業に対して強烈な差別意識があった日本では、権利を分散させたとしてもそれが各地で芽をだすことは難しいと考えられた。聡明な顔ぶれが揃っていた明治の元勲だったが、その辺りの事情は理解し切れなかったようだ。

従って、日本には“世界中の有名人が名を挙げて指定する皮革製品ブランド”というものがない。ただ一つを除いて。

 

王者の拳で光り輝く

先日、世界を揺るがすボクシングのタイトルマッチがラスベガスで行われた。“パウンド・フォー・パウンド”と名高いフロイド・メイウェザー・ジュニア選手と“フィリピンの英雄”マニー・パッキャオ選手の世界戦である。この試合を観るために各地からセレブが集結し、ラスベガスの空港は彼らのプライベートジェットで埋まってしまったほどだ。

実はメイウェザーとパッキャオには、ある一つの共通点がある。それは日本製の皮革製品の愛用者だということだ。靴? バッグ? いや、そうではない。練習用のボクシンググローブである。

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東京都の格闘技用品企業ウイニングは、ボクシングの世界では知らない者はいない一大メーカーだ。牛革で作った同社のボクシンググローブは、耐久性と安全性に優れた製品としてボクサーの間で認識されている。毎日何百発と繰り返されるパンチにもほつれない縫製、そしてナックル部分の衝撃吸収材は、同オンスの他社製よりも厚くてムラがない。練習中の拳の怪我を防ぐことができる。ボクサーにとって、拳は心臓よりも大切な部位だ。

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メキシカンボクサーは試合の時は自国製レイジェスのグローブを使うが、それでも練習の時はウイニングを使用するという者も珍しくない。レイジェスの製品はナックル部分が薄く、パンチの衝撃が直接拳に伝わる。そのため試合ではKOがでやすい代わりに、練習に使うグローブとしてはやや敬遠されている傾向がある。

たった一試合で数億ドルを稼ぎだす王者の拳を守っているのが、日本の皮革製品なのだ。かつて日本人が敬遠してきた産業が、この現代に“ボクシングはエリートスポーツ”ということを証明し続けている。

 

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