学問は一種のギャンブルである。~野口英世【科学者の智慧 vol.10】

典型的な立志伝中の人

野口英世……1876~1928。福島県出身の細菌学者。ロックフェラー医学研究所などで細菌学の研究に従事し、梅毒や黄熱病などの研究で数々の論文を発表。ノーベル生理学・医学賞に3度もノミネートされたが、黄熱病の研究中に51歳で死去。
Noguchi_Hideyo

 

野口英世といえば、日本の偉人伝の代表格だ。

いわく、「幼い頃いろりで大やけどをして左手が不自由になったが、アメリカ帰りの医師の手術で左手が使えるようになった。医学の素晴らしさに感動して猛勉強し海外で研究した。黄熱病の研究のためアフリカに赴くが、研究の半ば自ら黄熱病に感染して命を落とす」。

こうしたストーリーの伝記を、ほとんどの人が子どもの頃に一度は読んだことがあるのではないだろうか。

 

貧しい家から身を起こし、ハンディキャップを跳ね除けて猛勉強。自分を犠牲にして世界に貢献する。

いかにも日本人好みの立志伝中の人物であり、だからこそ野口英世は肖像が千円札に載るほどの偉人とされている。

 

なぜ学問はギャンブルなのか?

野口英世の名言には「忍耐は苦い。しかし、その実は甘い」などの教科書的な言葉が多い。

しかしその一方、「学問は一種のギャンブルである」というシニカルな言葉もある。

 

なぜ、学問がギャンブルなのか?

 

学問とは試行錯誤の積み重ねだ。どんなに優秀な学者でも、新しい研究でいきなり正解にたどり着くということは偶然以外にはあり得ない。

何が正しいのか、間違っているのか。これはとことん研究してみて初めてわかる。

そして、たまたま誰よりも早く正解にたどり着いた誰かが栄冠を勝ち取る。

これは運に大きく左右されるから、つまりは「一種のギャンブル」に他ならない。

 

偉人、一世一代のギャンブルに敗れる

野口英世が熱心に取り組んだ「黄熱病」という病気。これはウイルスを病原体とする感染症だ。現代でも治療法は見つかっておらず、発病すれば致命率は20%と高い。

 

しかし野口は1918年、黄熱の病原体(細菌)を発見したと発表した。そして「野口ワクチン」が開発され、野口は一躍世界的な名声を得て救世主扱いされる。

 

ところが、栄光は長くは続かなかった。さまざまな研究機関から「黄熱病患者から野口のいう細菌は見つからず、野口ワクチンも効かない」といった指摘が相次ぎ、野口の研究に疑問符が突き付けられたのだ。

 

その頃「黄熱病の原因は細菌か?それともウイルスか?」という議論が学者の間であったらしい。しかし、まだ電子顕微鏡のない時代だ。ウイルスに関する研究はそれほど進んでいなかった。また、野口は細菌学者だから、もしも高熱病の原因がウイルスであれば手も足も出ない。

 

それならば、と野口は「黄熱病の病原体は細菌だ」という説に賭けた。研究に打ち込み、そして彼なりに確証を掴んだと信じて、いちはやく成果を発表した。

 

だが、結果としてそれは間違いだった。野口の発見した細菌は、黄熱病によく似た「ワイル病」の病原体だったのだ。

ウイルス学者のマックス・タイラーが「黄熱病の原因はウイルスだ」と発表しても、野口はそれを信じようとしなかった。そして野口は野口ワクチンを自分に接種し、ウイルス説を覆すための研究をさらに重ねた。

 

しかし、野口ワクチンは効かず、野口は研究中に黄熱病に感染してしまう。

自分の研究が正しければ、野口ワクチンを接種した自分には黄熱病の免疫があるはず。なのに、なぜ感染してしまったのか?

 

「どうも私には分からない」

これが野口英世の最後の言葉とされている。

彼は命をかけた一世一代のギャンブルに敗れたのだった。

 

野口英世記念館

http://www.noguchihideyo.or.jp/

 

 

【参考】

※ 中山茂『野口英世』(朝日選書)

 

※  ニュースレター(機関紙) | 海外医療情報 | JOMF – 一般財団法人 海外邦人医療基金

 

※ 感染症の話 黄熱 – IDWR