ドローン開発からエネルギー問題まで 虫の「羽ばたき」が果たす、その秘密【前編】

昆虫が飛ぶ原理を解き明かし、人類社会を大きく変化させる

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劉浩●千葉大学大学院工学研究科教授。千葉大学・上海交通大学国際共同研究センター・センター長。工学博士。昆虫や鳥の羽ばたきの原理を世界で初めてコンピュータシミュレーションにより解明し、同原理を活かした生物規範工学を推進中。

 

飛んでいる虫は、なぜ、墜落しないのか?

私たちがごく当たり前のように目にしている自然界の現象には、まだ科学的に解明できていないものも多い。昆虫や鳥の飛翔も、その1つだ。

昆虫や鳥にできて、人工のジェット機やドローンにはできない飛行とは――。

その謎を解明し、製品開発やビジネスに役立てる「生物規範工学」の第一人者であり、世界に先駆けコンピュータシミュレーションを駆使し生物の“羽ばたき”の仕組みを解き明かした劉浩氏に、昆虫の飛行原理や、その技術の応用、そして人間社会を変えるポテンシャルについてお話を伺った(全2回)。

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Photo via VisualHunt

世界で初めて、コンピュータシミュレーションで昆虫の飛行を可視化・定量化

――昆虫の羽ばたきの研究を始められたきっかけをお教えください

私たちが研究している「生物規範工学、またはバイオミメティクス(生物模倣工学)」とは、生物のもつ優れた形態や構造、機能やシステムなどを模倣する新しいテクノロジーとして、省エネルギー・省資源型モノづくりに基づく持続可能な社会実現への技術革新と産業展開をもたらすものとして注目されている。生物の運動機構、特に昆虫飛行に関する研究は、1993年からスタートしました。

科学技術振興事業団(現・国立研究開発法人 科学技術振興機構。通称、JST)で、虫や鳥が飛べる原理である“微小流動”をコンピュータで解明する国家プロジェクトが立ち上げられ、私もそこに参加したのがきっかけです。

個人的にも、「なぜ、昆虫が雨や風のなかでも自由自在に飛んで、かつ落ちないのか」ということには、その前からずっと興味を持っていました。

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――そのプロジェクトで、世界初の研究成果を出されたんですね。

そうです、昆虫の飛行と、魚の遊泳に関して、世界に先駆けコンピュータシミュレーションを使ったリアリスティックな昆虫や魚の形状や運動を実現しました。

昆虫飛行の研究に関しては、従来は「飛んでいる虫を捕まえて、実験室内でビデオ撮影して、翅の動機などを観察する」という手法が一般的でした。しかし、流体力学、あるいは航空力学から見て、昆虫の羽ばたき機構は非常に複雑で、従来の教科書に載っている理論では解明できませんでした。

そこで、コンピュータシミュレーションモデルをつくり、詳細な空気や水の流れの様子や、それによって揚力や推力がどのように発生するかということを、初めて可視化・定量化できるようにしました。

 

驚くべき、昆虫飛行の基本的原理

――羽ばたきの研究を始められて約23年が経ちますが、どのようなことがわかりましたか?

これまでに、昆虫の飛行に関する4つの基本的原理がわかっています。

1つめは、自然界の昆虫や鳥の羽(翅)の形状について。

通常、空力性能や流体力学上の性能に関しては、ジャンボ飛行機のようにサイズが大きいほど大きな揚力が出るとされています。しかし、昆虫のように小さなサイズになると、むしろ流線型の翼よりも、平板で薄い翼のほうが空力性能が良いとわかりました。

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 ――たとえば、ジェット機はエンジンの力を使って離陸しますが、昆虫はどのように飛び立つのですか?

それが、2つめの“揚力発生”に関する原理です。サイズが小さな昆虫からみると、周囲の空気は水以上に“粘っこい”状態に感じられるんですね。その強力な粘性に打ち勝つために、羽自体を高速で動かして、周りの流れをうまくかき回し、渦流れを作り出すことで大きな揚力を出しています。

――飛行機とは、飛ぶ原理そのものが違うわけですね。

飛行機とは違い、羽ばたき翼の前縁には、非常に強い渦流れが発生しています。その渦の中心は、台風のように気圧が低く、それが羽全体を吸い上げる力、つまり揚力になって、浮かび上がることができるのです。

この揚力と、さらに推進力には、いわゆる流体粒子の動きを支配する運動方程式がありまして、それをコンピュータで高精度に解析し、羽ばたき翼前縁に発生する渦が大きな力を生み出す原理を突き止めたのが私たちのチームです。

 

未解明な部分も残るほど、複雑な機構

――3つめの原理とは?

「翼が柔らかい構造になっていて、変形する」ことです。柔軟な翼が羽ばたきをしている間に、都合よく変形して、より大きな揚力などの空力性能を出しているということも私たちの研究でわかりました。柔らかい羽で揚力を生み出すことで、ホバリングのような静止飛行も無難にこなすことを可能にしています。

――だから、自由自在に飛び回れるということなんですね。

その通りです。4つめの最新の研究成果として、「積極的に自分の羽の動きをコントロールしながら、外部から乱れた空気の流れを受ける“外乱”状態でも、空気の流れを受動的に利用して、より良い安定性や操縦性を発揮している」ということもわかっています。

つまり、能動的な部分と受動的な部分を合わせて、バランスよく利用して飛んでいるということです。

我々の分野ではこの柔軟に飛行制御できる仕組みを「ロバストネス(ロバスト性能)」と呼んでいますが、この原理についてはまだまだ未解明なところが多いのが現状ですね。それほどまでに、昆虫の羽ばたき機構というのは、小さな飛行体なのに非常に複雑なものなのです。

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革新的なドローン誕生の可能性

――生物規範工学またはバイオミメティクス上、羽ばたき機構は、どのような分野に応用できますか?

安定性を維持しながら優れた操縦性を実現する飛行制御できるという点では、次世代ドローンの開発への応用が進行中です。

現状のドローンはすべてが能動的な仕組みで、特にサイズが小さくなると突風や外乱に弱く、すぐに墜落してしまいます。しかし、羽ばたき機構をドローンに導入すれば、外乱に強いだけでなく、現在の一般的なドローンのイメージを大きく超えるものが生まれると思います。

――現在、ドローンの形状は似たようなものが多いかと思いますが、劉先生の研究成果を応用すれば、見た目も大きく変わりそうですね。

おそらく柔らかい構造になるため、見た目は変わってくると思います。

現在、JSTではImPACT(革新的研究開発推進プログラム)というプロジェクトが進行していて、私も「タフ・ロボティクス・チャレンジ」という研究開発プログラムに参加しています。極限災害環境でもタフに仕事ができる遠隔自律ロボットの実現をテーマに、次世代のドローンへの応用技術を開発中です。

自然界の生物の柔らかい羽の構造と、ロバストネスを適応すれば、間違いなく革新的なドローンが完成するはずです。

 

地球の平和を守り、人類の宇宙への夢を広げる

――MAV(Micro Air Vehicle。無人小型飛行体)は、将来的にどのような点で社会の役に立つとお考えですか?

まず、地震や火災、事故などが発生した際に、リアルタイムに現場の状態を確認するために、MAVが1つの有効なツールになるのは確実ですね。

さらに、屋内で壁などにぶつかっても壊れないような柔らかい構造を持つ、虫や鳥を規範とした飛行体は、必ず役立つと思います。テロ対策や、警察の捜査や追跡など、人類の脅威になるものへの対応ツールとしても有用です。

――地球の平和も守る可能性を秘めているんですね

そうです。さらに、人類にとって今後の大きな課題である、宇宙開発にも応用可能です。

たとえば、火星探査機であれば、火星は表面重力が地球の1/3なうえに強風も吹き荒れているため、地球の昆虫の流体力学上の原理から大きなヒントを得ることができます。

また、エンターテインメント分野に関しても、野球やサッカーなどのスポーツ中継にも応用すると面白いと思います。技術的には、いろいろなスケールのMAVまでつくれますから、あとは発想次第ですね。

 

生物羽の応用が、地球のエネルギー問題も解決

――飛行体以外に、羽ばたきの原理が応用できる分野はありますか?

世の中には、エアコンや大型換気扇、ポンプや風車など、ルーターと呼ばれる回転翼が作動する回転型流体機械が数多く存在しています。これらに、自然界の昆虫や鳥の羽の優れた部分を取り入れて、生物規範型の回転型流体機械を開発すると、性能がかなり向上します。

また、静音性も実現できる可能性があるので、そういう意味では、飛行体よりもそちらの市場のほうが格段に大きいんですね。

――なるほど、私たちの日常生活のエコ対策にも貢献するのですね。

実は、この回転型流体機械が、地球で消費される毎日のエネルギーの半分以上を使っているといわれています。

ですから、たとえばエアコンの効率を1%~2%上げることができれば、全世界で莫大な省エネが実現できます。それだけで、1年間で1つの国の国家予算に相当するくらいのコストも抑制できるはずです。

それ以外にも、私たちが研究している生物規範工学は、さまざまな機械の設計に取り込むことができます。日本が国家レベルで研究・開発に取り組んでいることからも、生物規範工学には人類社会を大きく変える可能性が秘められていることがおわかりいただけると思います。(了)

 

昆虫たちが教えてくれる、「Win-Win」なビジネス【後編】

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【取材協力】

劉浩●千葉大学大学院工学研究科教授。千葉大学・上海交通大学国際共同研究センター・センター長。工学博士。1992年、横浜国立大学博士課程修了。92年に運輸省船舶技術研究所に入所し、93年、科学技術振興事業団・創造科学研究推進事業研究員として生物運動機構の研究に着手。名古屋工業大学、理化学研究所などを経て、2003年から現職。専門は、計算力学、バイオメカニクス、生物飛行・遊泳、バイオミメティクスなど。