「ロボット屋」の矜持【後編】日本のロボット研究の強味とは何か?

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「TWIns」は東京女子医科大学と早稲田大学が融合して設立された研究施設。

 

【前編】に続き、ヒューマノイド(人間型)ロボット研究の第一人者であり、日本ロボット学会会長でもある早稲田大学のヒューマノイド研究所所長の高西淳夫教授に話をうかがう。第2回は、「日本のロボット研究の強味は何か?」を、これまでの研究成果振り返りながら見ていく。

 

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高西淳夫●日本ロボット学会会長。早稲田大学創造理工学部総合機械工学科教授。ヒューマノイド研究所所長。工学博士。ヒューマノイドロボット研究のパイオニアである故・加藤一郎氏の指導を受け、二足歩行ヒューマノイドロボットをはじめさまざまなロボット研究に取り組む。

 

ロボット研究は応用分野の広がりがないと意味がない

──高西教授の研究室がある「TWIns(ツインズ)」は医工融合研究教育拠点とのことですが、どのような施設なのでしょうか?

正式名称は「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設」と言います。両大学が共同で2008年に設立しました。研究施設と人員を集結させ、理工医の連携が実施できる環境を整備した施設で、日本でも初の試みです。現在、早稲田大学から約500人、東京女子医科大学から約200人の学生がここで研究に取り組んでいます。

──高西教授の研究室のこれまでの実績を見ても、他分野の学問との共同研究が多く見られますが、ロボット研究にどのように関係しているのでしょうか?

日本のヒューマノイド(人間型)ロボットは、僕を指導してくださった故・加藤一郎先生が、1960年代から始めていた二足歩行ロボットの研究が有名です。その試作機は「WABOT(ワボット)」と呼ばれ、広く一般にも知っていただくことができました。画期的だったのは、上半身を付けたことでした。それまで世界的に二足歩行ロボットは、脚の部分だけで「歩く」ことを再現しようとしていたのですが、研究の過程で人間の歩行には上半身の揺れが大きく影響していることが分かったからです。以来、現在にいたるまで二足歩行ロボットが上半身も持つヒューマノイドが主流となっています。

私も研究に加わってから発見されたのが骨盤の役割でした。二足歩行ロボットが、ヒザを曲げた状態で歩いているのを見たことがあると思います。しかし実際の人間はヒザを伸ばして歩いています。産業ロボットのように人間の仕事の代わりを求めるだけなら、結果としての移動ができれば二足歩行ロボットとしてわりと良く歩けています。しかし、人間はヒザをのばして歩いている。そこをちゃんと再現するのに必要なのが、骨盤の動きだったのです。その機能を持たせることで、より人間らしく歩くことを可能にしました。

 

動画:従来の2足歩行ヒューマノイドの膝曲げ歩行(高西淳夫研究室提供)

 

動画:骨盤の動きを用いた膝伸展歩行(高西淳夫研究室提供)

 

──「わりと良く」と「ちゃんと」の差はどう違うのでしょうか?

加藤一郎先生が言っていましたが「人と同じような二足歩行を実現できれば、ロボット工学の視点から人間の歩行が解明できる」のが、ロボット研究の大きな目的の1つなのです。人間の動きに学ぶ一方で、ロボット化することで人間そのものを解明する。人間同様の歩行が「ちゃんと」できるロボットであれば、足腰の弱った高齢者に必要な介助用具の使用試験をロボットが安全かつ何度でもくり返すことができ、定量化した開発データを得ることができます。

動きが再現できれば、今度は心理面の再現もしたくなる。そこで、心理学の研究者に協力をお願いし、新たな研究テーマが生まれます。歩行のほか、表情、手の動きなど、さまざまな人間の動作や反応をロボット化する研究を重ね、2013年には、表情と全身動作で「笑い」を誘発させる動作を実現しました。この研究には、お笑い芸人の方にも協力いただきました。

 


動画:人間型全身情動表出二足歩行ロボット「KOBIAN-RIV」(高西淳夫研究室提供)

 

こうしたこれまでの技術の集約と新たなテーマへの挑戦をくり返すことが、ロボット研究の活力源となります。我々“ロボット屋”は、応用分野からの要請がなければ、この技術を広げていけない。心理学、スポーツ科学、医療、さまざまな分野との共同研究を経験した学生が社会にでることで、さらなる幅広い領域にロボット研究の成果がいかされていきます。

 

災害の多い環境の中で培われた日本人のものづくりの素養

──今後の日本のロボット開発が質を保つ上で必要なことは何でしょうか?

産業ロボットの分野では、近年、中国が追い上げてきていますが、生産台数や販売額において、まだまだ日本はリードする立場にいます。さらに、お話ししたようにあらゆる技術分野でのインテリジェンスも含めたロボティクスの応用が広がっていくでしょう。自動車などがいい例です。どんな製品でも、さまざまな技術が統合された物になる。そのため、ますます、ロボット研究に携わったエンジニアの必要性は増します。

この1つ1つは飛び抜けた技術ではなくても、それを積み重ね総合化し、製品化する能力は、日本の強味だと僕は考えています。細かい所に気付く注意深さは、トレーニングでもある程度身に付きます。しかし、それ以前のメンタリティとして日本の技術者には素養があると感じています。

これは、僕個人の仮説ですが、日本の自然風土と音への感覚に由来するのではないか。古くから災害の多さは、人びとを苦しめたと思いますが、文字が伝来する以前であれば、経験の伝承は言葉に頼ったと思います。ゴーッという風の音、闇夜に注意した雨の音、ちょっとした違いも大切な判断基準となるよう、自然の音を擬音や擬態語にしていった。日本語は擬音・擬態語が多いと言われていますが、それが音に対する独特の感性を育んだのではないでしょうか?

──日本人は、虫の鳴き声を雑音ではなく音色ととらえるとよく言われますね。

たとえばエンジニアの技術の伝承も、旋盤を扱うときに「キーン」と聞こえてきたら向きを変え、また違う面を削る時の音の変化はこう、というふうに教えます。音を言葉にし、脳内で情報として処理し、理解する。そのためより細かな違いで精度を判断できる。そうした経験値の集約が現代のものづくりの中でもいかされている気がします。

 

ロボットにはできないことがあることを日々実感している

──ロボット研究の実情と社会一般の認識とのズレを感じることはありますか?

ロボティクスも、それと密接に関係する人工知能も、今、ブームと言えるほどの感心を持たれています。たいへんありがたいことです。とくに、我々のようにヒューマノイドに取り組んでいると、期待値も高く、時にはギャップを埋める必要も感じます。

ある部分では、ロボットは人間以上のことができます。人工知能も囲碁や将棋でプロ棋士に勝てばニュースになります。でもそれは、決められた条件での枠の中の作業だったり、決められたルール内での事例をプログラム化したものだったりするのです。人間は、上手ではなくても何でもできます。料理も洗濯も、飛んだり、はねたりもできる。僕は麻雀をしたことがなかったのですが、先日、北京の学会に参加した折、待ち時間の間に地元の人に教わったら、すぐに基本的なことはできるようになりました。そうしたフレキシビリティは、残念ながらロボットや人工知能ではまだできません。

人間を目標にヒューマノイドのロボットを研究しているわけですが、やればやるほど人間という目標そのものが遠くなる。

──人びとが期待するロボットの実現はまだまだ先なのでしょうか?

その期待が何なのかに興味があります。先に、ロボット研究は「人の願望を実現する」ものだとお話ししました。それは、すでに多くが実現し、さらに幅広い領域に願望が広がっていくでしょう。でも人びとの「期待」の評価基準は、自分自身なんです。自分が無意識でやれていることのすべてをロボットができるようになったらすごいと願っている。振り返って見れば、それは人間そのものがすごいという認識があるからです。

ロボット研究は、目標も発見も人間そのものです。人間ってすごい。それを多くの人に知ってもらえる成果を生み出して行きたいですね。(了)

「ロボット屋」の矜持【前編】ヒューマノイドの研究から得られるものは何か?