「体内病院」を誰もが持つ未来がやってくる!?【中編】

究極のウェアラブルを超えて、最先端技術を体内に入れる“インストーラブル(インストール可能)”を実現する『ナノマシンDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)』。

 

がん治療などへの応用研究が進む同システムの現状や今後の可能性について、ナノ医療の権威である(公財)川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター長(東京大学名誉教授)・片岡一則氏に語っていただいた(全3回)。

 

前代未聞のがん治療の実現へ

――現在進行中の研究についてお教えください。

現在、抗がん剤を搭載したナノマシンDDSの臨床試験が進んでいます。

単なるデリバリーならば、ナノマシンで抗がん剤をくるんで、血管を通じて体内に送り込んで、「あとはどうにかなるだろう」ということになるかもしれません。

しかしそうではなくて、抗がん剤が入っているナノマシン自体が、がんが存在する部位に到達したら、「ここが薬を出すべき場所」だと感知するシステムの臨床試験を行っています。

 

ナノマシンががん細胞を自動感知する“秘密”

――どのように感知するのですか?

酸の強さである酸性度(pH)に応じて、ナノマシンを形成している「ミセル」と呼ばれる粒子のコア(芯)が壊れて、薬が出るように設計しています。

人間の体内は基本的にpH7.4くらいの中性ですが、がん組織はpH6.5~6.8くらいで酸性が強く、さらにがん細胞内で「細胞内の胃袋」のような役割をするエンドソームという小胞体の内部はpH5くらいになっています。

そこで、pHが5.5くらいになったらミセルが壊れるように設計しておけば、がん細胞内に入ったときに一気に抗がん剤を出すことができるのです。

正常な血管や組織の中でそこまでpHが下がることはまずありませんから、がん細胞内だけで選択的に抗がん剤を作用させることができて、ナノマシンが身体中を回っていても安全性が高いのです。

血管の壁という、高いハードルを越えられるか

――ナノサイズとはいえ、ある程度の分子量がある高分子が、どうやって血管からがん組織に入ることができるのですか?

おっしゃる通り、体内の細胞・組織というものは必ず血管の外にありますから、普通に考えれば、高分子が血管の壁を越えて細胞・組織に入ることはできません。

しかし、がんになった血管の壁にはEPR効果という特性があって、シンプルに説明すると、透過性が上がっていて100nmの大きな高分子でも通れる穴が空いています。この特性を利用して、抗がん剤を搭載したミセルが血管から外に自然に出て、がん細胞に近づいて行くわけです。

EPR効果のおかげで、ナノマシンの機能を、がん組織内で働かせることができるようになりました。

 

「トロイの木馬」作戦で、がんを退治

――それで、がん細胞をやっつけられるのですね。

いえ、がん細胞内には、細胞膜を通って入ってきた抗がん剤を待ち構えて解毒するタンパク質がいるので、せっかく薬をどんどん入れられても、みんなやられてしまいます。

そこで、私たちは、ミセルを「トロイの木馬」のように機能するようにしました。解毒物質に見つからずにがん細胞の核の近くまで行って、pHが下がったところで一気に薬を出すのです。これも、ナノマシンDDSの大きな特長です。

このように、高分子の自己組織化で作られたミセルが体内でステルス機能を発揮して、薬をがん組織まで持っていって、がん細胞内で機能するということを実験的に証明したのは、私たちが世界で初めてです。

 

画像提供:公益財団法人川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター

 

 脳の血管に穴を開ける“バーコード”

――EPR効果とナノマシンDSSを使えば、がん以外の病気も治せるのですか?

残念ながら、EPR効果では解決できない問題もあります。

たとえば、アルツハイマー病やパーキンソン病の場合は、脳に薬を送らなければいけません。しかし、脳の血管というのは脳を守るためにバリア性が高くできています。

――血管に隙間がなければ、血管の外には出られませんね。

通常はそうなのですが、私たちの最近の研究で、ナノマシン、つまり球形の「ミセル」と呼ばれる高分子の表面に“バーコード”のような機能をする分子をくっつければいいということがわかりました。

たとえば、小児麻痺のウィルスの表面には、ある特殊なタンパク質がついていることがわかっています。このタンパク質が血管内の細胞と結合すると、セーフティーロックの認証のように細胞に穴が開いて、そこをウィルスが通れるんです。

このような働きはウィルスだけにしかできないことだと思われていましたが、私たちの研究で「ウィルスと同じサイズのミセルの表面にも“バーコード”をつけられる」と判明しました。この研究がさらに進んでいけば、脳を含む体中の「望んだ場所」に、ものをピンポイントで送ることができるようになると期待しています。

 

体内での遺伝子編集も可能に

――今後、ナノマシンDSSにはどのような応用が考えられますか?

たとえば、ナノマシン内の酵素がずっと細胞内に入ったまま、ずっと機能し続けるような人工オルガネラ(細胞内小器官)のようなものができるかもしれません。

また、通常は細胞自身が遺伝子から自然につくり出すような生体機能を、体外でつくって送り込めるようになるかもしれないですね。

さらに、近年、ノーベル賞候補として話題になっているCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)などは体外で遺伝子を編集できますが、ナノマシンを使えば、体内で適切な遺伝子修復を行える可能性もあります。

 

入院せずにがん治療ができて、人々の生活も変わる

――人々の生活にどんな変化をもたらすとお考えですか?

たとえば、入院しなくても、がん治療ができるようになる可能性があります。

すでに人間の臨床試験でも、「疾患したがん細胞にピンポイントで作用するナノマシンDDSを使えば、薬の副作用が下がる」という結果が確認されています。

副作用がなければ、通院治療が可能ですから、治療のために会社を休んだり、退職したりする必要がなくなるため、日々の生活の不安もなくなるというメリットが生まれます。

また、動物実験レベルでは、目には見えない転移がんの組織までたどり着いて治療ができることが証明されています。

がんで亡くなる最大の理由は転移ですから、ナノマシン治療によって転移を抑制できれば、再発率が下がり、「5年生存率」などもさらに向上するということは十分考えられます。

――がん治療を行える病院も増えるのではないでしょうか。

ナノマシンDDSを使う場合は大きな設備が必要ありませんから、小規模な病院や開業医でも治療を受けられるようになる可能性があります。

そうなれば、「都会でなければ、がん治療できない」といった医療の地域格差が生じることもありません。

 

「体内病院」という近未来的コンセプト

――この技術で、将来的にどんな社会を実現したいですか?

私たちは現在、「いつでも、どこでも、誰でも、心理的・身体的・経済的負担なく、社会的負荷の大きい疾患から解放されていくことで、自律的に健康になっていく《スマートライフケア社会》の実現」を目指して、文部科学省と科学技術振興機構の『センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム』という革新的イノベーション創出プログラムを行っています

そのために必要になるのが、「いつも体内に居て、自動的に何かを検出し、知らないうちに診断して治療する」というナノマシンDDSの技術です。

病気というのは、そもそも「病を気にする」ということですから、病院に行くこと自体が、すでに「病を気にしちゃっている」=病気の状態だといえます。

ならば、病を気にしないために、病院を体内に持ってきてしまえばいい。それが、私たちが考える「体内病院」というコンセプトです。

体内、もしくはウェアラブルで、病院に代わるものがいつも身近に存在していて、特別に意識していなくても健康が維持されるようになればいいなと考えています。

 

人間の体内に常駐する、健康おもてなしシステムを

――常に体内を検査・治療してくれるというのは、とても安心できますね。

英語で病院を表す「Hospital(ホスピタル)」の語源は、「おもてなし」という意味を持つ「Hospitality(ホスピタリティ)」です。

ですから、体内病院は、「私たちの身体の中にあって、いつも私たちをもてなしてくれる」という、健康をおもてなしするシステムなんです。

この技術がさらに進めば、病気を早い段階で見つけて、自動的に処置していきますから、莫大な医療費もかからないだろうと期待されます。

このようなビジョンを実現するためにはどうしたらいいのかということを、私たちは今後も考えて続けていかなければいけないと思っています。

 

【取材協力】

片岡一則●工学博士。東京大学名誉教授・政策ビジョン研究センター特任教授。公益財団法人川崎市産業振興財団副理事長・ナノ医療イノベーションセンター長。1950年、東京都生まれ74年、東京大学工学部卒業。79年、東京大学工学部博士課程修了。東京女子医科大学助教授、東京理科大学教授などを経て、1998年より東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授に就任。2004年より東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター教授を併任。2016年東京大学の定年退職に伴い、現職に着任。日本バイオマテリアル学会賞(1993年)や、ドイツで最も栄誉あるフンボルト賞(2011年)、江崎玲於奈賞(2012年)、高分子学会高分子科学功績賞(2014年)など、受賞多数。

 

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