マンガや都市計画、株価予想、生物の進化にも、「ゆらぎ」が必要 【後編】

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2017年を、穏やかで心豊かに過ごすには、どうすればいいのか――?

そのヒントを探るべく、「1/fゆらぎ」研究の第一人者であり、世界的権威である武者利光氏にお話を伺った。

人々の生活や社会への影響や、約40年前に記された“予言”まで、ゆらぎ界の大重鎮への貴重なインタビューをお届けする。(全2回)

 

「1/fゆらぎ」が、名画やデザインも生み出す

──音楽だけでなく、絵にも「1/fゆらぎ」があるという研究結果も出されていますね。

「美しい絵だ」「気持ちのいいマンガだな」と人間が感じる原因を調べてみたところ、描線の間隔の配列が「1/fゆらぎ」していました。

また、手作業でつくった江戸小紋の繰り返し模様の空間的な揺らぎを調べたところ、「1/fゆらぎ」をしていました。メーカーのひとは、「コンピュータで江戸小紋を作図したところ、さっぱり売れなかった」と言っていました(笑)

これらの経験から「『1/fゆらぎ』というのは、ひとに役立ちそうだ」と考えて、『ゆらぎデザイン』という技法を考案し、ご好評いただきました。定規などで引いた機械的な線には面白みがありませんが、手書きで描かれた模様だと美しさや気持ちよさが表現できるのです。

音楽でも絵画でも、快感や美観の源は「1/fゆらぎ」に関係があり、それが存在する環境に置かれたときに、私たちは「美」や快適感を感じるようです。

 

──それは、さまざまな産業にも応用できそうですね。

そうですね、たとえば繊維メーカーから依頼を受けた案件では、「1/fゆらぎ」を用いた製品をいくつかつくりました。

木綿糸を紡ぐときに、木綿の繊維の重ね方を適切にコントロールすると、麻の長い繊維のようになるんですね。この「ゆらぎ木綿糸」で織った布は、麻の布のような感触になりました。そして、このように木綿で麻布を擬似したハンカチやワイシャツをつくって販売したところ、いずれも好評でした。

また、大きさが揃っていない真珠を「1/fゆらぎ」に配列してつくった首飾りは、大きさが揃った真珠の首飾りよりも新鮮に感じられるものになりました。さらに、文具メーカーと共同して事務テーブルをつくったこともあります。

 

人間に住みやすさを提供する都市計画にも応用

──ほかには、どのような応用例がありますか?

建設省の国立研究開発法人土木研究所と共同で、街路樹の配列を規則的にしないで揺らがせたり、沖縄での街路の回収の再に歩道のタイル面の配列を「ゆらぎデザイン」にしたり、道路照明をゆらがせたりした応用例があります。

また、長崎県佐世保市では、家屋を並べる際の道路からの距離を「1/fゆらぎ」に基づいて変化させて、自然な街並みに見せる都市計画の試みも行いました。ほかには、花壇や家屋の色などに応用した事例もあります。

 

──自然界にそもそも存在している「1/fゆらぎ」を使って、都市景観や住環境を“自然”に見せるというわけですね。

こういう観点から見ると、日本建築というものはすごいなと改めて思いました。柱などの木目や、畳、土壁などを活かした建築様式すべてが、「1/fゆらぎ」を持っているんです。だから、和室、特に茶室は非常に心が安らぐんですよ。

 

──「1/fゆらぎ」が、人間に住みやすさを提供するのですね。

そうなんです。また、応用例のなかでも特筆に値するのは、国立研究開発法人土木研究所の実験で、研究所内の満開の桜並木を下方から「1/fゆらぎ」の光源で照らした成果です。桜の花びらは光を通しますから、桜の花が妖艶に動いて見えるというすばらしい効果がありました。

この『ゆらぎ照明器具』は、ほかにもさまざまな所で実用化されています。屋外の照明以外にも、能楽の舞台で使われる蝋燭の灯を「1/fゆらぎ」照明で表現したこともあります。蝋燭同様の効果があっただけでなく、能の衣装が蝋の煤で汚れないと、非常に喜ばれました。

私個人的には、この技法をシャンデリアの照明に応用することを夢見ています。

 

自動車の渋滞予測や、株価予想にも広がる可能性

──視覚的な部分以外では、これまでにも扇風機などの家電に「1/fゆらぎ」が取り入れられてきました。今後、先生が応用していきたい分野はありますか?

私たちの調査で「高速道路の自動車の通過時間が『1/fゆらぎ』している」という結果がありまして、アメリカの交通局から「『1/fゆらぎ』で渋滞を予測できないか」と相談されました。まだ実現させていないので、ぜひやってみたいですね。

また、「1/fゆらぎ」でロボットを安定制御できる可能性があるので、そういった分野でも応用してゆきたいと考えています。

 

──まだまだ、いろいろなアイデアをお持ちなんですね。

音楽でいえば、自分の心拍の「1/fゆらぎ」をもとにメロディーをつくって、“あなた自身の音楽”ができるというビジネスもできるかもしれません。

さらに、株の変動に「1/fゆらぎ」が見られるという報告もありますから、経済面にも応用できると思います。

人間が関わることには基本的に「1/fゆらぎ」が関係しますから、ほかにもいろいろな応用分野が考えられるはずです。

 

遺伝子がゆらぎ、生物は進化する

──「1/fゆらぎ」がどんどん取り入れられていくと、どのような社会になるのでしょうか。

人々の生活に、癒しやゆとりが生まれてくると思います。

「ゆらぎ」は、「ゆとり」です。たとえば、「ゆとり」なしでは、歯車はくっついてしまって回転しませんよね。「ゆとり」があるから、円滑に回るんです。

これは非常に大切なことで、「ゆとり」のない“頑固”な人間って付き合いにくいですよね(笑)。人間関係も、「ゆとり」や「ゆらぎ」がないと面白くないのです。

 

──ゆらぎというのは、無駄なものではなく、人間にとって必要なものなんですね。

それは、生物全体の進化にとっても同じです。

普通に考えれば、生物というのは同じような子孫が繰り返し生まれるわけですから、進化しないはずです。

ところが、実際は、遺伝子がゆらぐんですね。遺伝子がゆらぐと、少しずつ形態が違うものができてきて、そのなかで環境にマッチしたものだけが残っていく。だから、ゆらぎがないと、生物は進化しないというわけなのです。

現在、私の興味が生体関係に移りつつあるので、これからは、直接的・間接的に生体医療方面に研究分野を拡大したいと考えています。

また、脳波解析にも強い関心を持っていますので、認知症専門医の居ない地域でも、インターネットを利用して診断情報が得られる技術を開発して、「NAT(Neuronal Activity Topography)」という名称で、利用が始まる予定です。こちらも、さらに進めていこうと計画しています。

 

「天才も犯罪も増える」社会を予言

──生態系という大局的な観点で見ても、ゆらぎが社会に与える影響は大きいのですね。

私は著書『ゆらぎの世界』(1980年刊行)で、「ゆらぎが大きくなると、天才型の人が世間から受け入れられる様になる一方で、犯罪も増えるであろう」と書きました。最近は、日本からのノーベル賞受賞者が増えると同時に、一方で若年者の殺人事件も増えてきました。この予測が事実となってきたようで、不気味です。

この状況は、現在の日本はもちろん、世界全体の現状に当てはまっていると思います。

 

──なるほど、ゆらぎは、その振幅のなかで功罪の両端を生み出すということですか。ある意味、未来の社会を“予言”していらっしゃったということですね。ちなみに、先生が未来の研究者に対して伝えたいことは何ですか?

研究において大切なことは、「心をゆらがせること」だと思います。

他人がやらないところ、つまり「ゆらぎ」の部分に、新しい種があるんです。自分の知っている知識から外に出ないと、駄目。自分のモノサシですべてを測ったら駄目で、そこから外れたところが面白いんですよ。

武者ではなく、“無茶”先生と呼ばれて

──先生も、そのような姿勢で研究を続けてこられたのですね。

研究以外にも他人がやらないことをいろいろやりまして、“武者”ではなく、“無茶”先生と呼ばれていました(笑)。

当時勤務していた東京工業大学にすずかけ台キャンパスが新設されたときには、1部屋余分に借りて談話室を作りました。特定分野での研究を行うだけではなくて、専門がちがうひとたちがテーマを決めずに喋れる場所を提供したかったんですね。そういうことから新しい発想が出てくるんだから、と。

 

──それなら、「無茶」ではなくて、良いお話じゃないですか。

でも、自由な雰囲気をつくるためにバーカウンターを入れようとしたら、大学側から怒られました(笑)。

それで申請名を「レーザー測定台」に変えて導入して、冷蔵庫も駄目だというので、「半導体冷却装置」という名目で購入して――。実際は、なかにワインが大量に詰まっていましたが。

 

自由度がなければ、新たな科学の可能性を潰してしまう

──それは、たしかに「無茶」ですね(笑)。しかし、やはり自由度というものが研究には重要だと考えられた故の行動ということですよね。

その通りです。近年、ノーベル賞を受賞している日本人科学者たちの成果も、失敗から生まれたものが多いですよね。やはり、自由度がないと、せっかくの可能性を潰してしまうと思うんです。

ですから若い方は、自分で「やりたい」と思ったら、その可能性を信じて、突き進んでほしいですね。

教える側も、「やりたい」という意志を拒否しちゃ駄目だと思います。科学者が自分で失敗を体験することが、日本の科学全体も進化させていくはずですから。

 

【取材協力】

武者利光●東京工業大学名誉教授。株式会社脳機能研究所代表取締役会長(CEO)。株式会社ゆらぎ研究所代表取締役会長(CEO)。1931年、東京都生れ。54年東京大学理学部物理学科卒業後、同年、日本電電公社電気通信研究所研究員、64年に、フルブライト交換研究員としてマサチューセッツ工科大学研究員、65年スウェーデン王立工科大学研究員、66年RCA東京研究所研究員に。67年、東京工業大学助教授となり、1981年にパリ大学(Pierr et Marie Curie)招聘教授として招かれ、東京工業大学では教授を経て名誉教授に就任。1992年同大学を定年退職し、脳機能研究所及びゆらぎ研究所を設立し、社長を兼任。著書に『ゆらぎの発想~1/fゆらぎの謎に迫る』など。