どうなる燃料電池車!普及に向けた第2幕がスタート

長かった下積み時代 花開かせるためには、さらなる努力必要

トヨタが燃料電池車の研究開発を始めたのは、いまから22年前の1992年だ。当時はまだ、プリウス(1997年、初代発売)の基本構想が練られていた頃。

マスコミは次世代車ではなく、ガソリンに対する「代替燃料車」という言葉を使っていた。

その後、燃料電池車の開発が大きな山場を迎えたのは、2000年代前半。日米欧で各国が普及促進に向けて、開発競争が激しくなった。日本では小泉純一郎総理(当時)が首相官邸周辺で、トヨタとホンダの試作車に同乗試乗し、話題となった。

トヨタは2002年12月に普及初期型を完成させ、内閣府をはじめ合計17台を試験的にリースした。

2005年7月から、水素の満充填状態での航続可能距離を330km、モーター出力を90kwとしてバージョンアップ。

さらに2008年6月からは同830kmとなり、マイナス30度の寒冷地での始動もクリア。日米欧で100台以上がリースされた。

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こうして燃料電池車の開発は順調に進んできたが、普及の速度は遅かった。それどころか、2000年代中盤には、欧米各メーカーが開発のコストパフォーマンスが悪いとして開発を中断。

こうした流れをうけ、マスコミは「燃料電池車は死んだ」と報じることもあった。

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