子どもの未来を食らう魔女 「負のイノベーション」と対峙する

とある軍曹のイノベーション

「畜生、魔女のバアさんの呪いか!」

もうすぐ22歳になるソ連軍軍曹が、そう悪態を吐いた。

1941年10月、ドイツとソビエトの装甲師団が激闘を繰り広げる東部戦線。機関銃と75ミリ砲のシンフォニーが平原を支配し、死を呼ぶカチューシャの唸り声がそれに花を添える。

「戦え! さもなくばシベリア送りだぞ!」

督戦を担当する政治指導員の怒号は、その数秒後に榴弾の爆発音で吹き飛ばされた。この時点ですでに幾万の兵士たちが泥濘の中で肉片と化し、その脇で破壊されたT34戦車の主砲が黒煙立ち込める空を眺めている。

軍曹の目の前にあるのは、銃痕だらけのトラック。その荷台の中には戦友たちの死体が折り重なっている。たまたま哨戒任務を言い渡されたためにトラックを離れていた軍曹は、それが故に苦楽を分かち合った仲間の惨状を見てしまったのだ。 戦友たちは、ドイツ兵の持つ短機関銃で射殺されていた。近距離戦闘では単射式のモシンナガン小銃など、まるで役立たずだった。

この瞬間、軍曹は決心した。戦友の無念を晴らすため、世界一の連射式小銃を設計しようと。

軍曹の名は、ミハイル・カラシニコフ。貧農家庭出身でありながら、機械製作に関しては天才的な腕前を発揮することで有名な戦車下士官だった。

すでに負傷していたカラシニコフは病院に後送されるが、彼はベッドの上で休もうなどとは微塵も考えなかった。

「看護婦さん、悪いけれどペンと紙を貸してくれないか。僕はこれから、大事な仕事をしなくちゃいけないんだ」

何とカラシニコフは病棟の中で、新型小銃を開発してしまったのだ。そしてそれを兵器局に持ち込み、審査を仰いだ。結果は不採用だったが、その熱意が銃設計の第一人者フョードル・トカレフの目に留まり、カラシニコフは小銃開発セクションのメンバーとして迎え入れられたのだ。

1ページ目から読む