インドネシア・格闘技事情 「グラップリング」に魅せられて

ショッピングモールで腕十字

2014年11月8日、南ジャカルタのショッピングモール『チランダック・タウンスクウェア』。

この日開催された『サブミッション・チャンピオンシップ』は、インドネシアにおけるグラップリングの最高峰と言うべき大会だ。グラップリングとは、打撃が一切禁止された組技系格闘技である。関節技か締め技で対戦相手からタップ(降参の合図)を奪うことで、試合の勝敗が決まる。

打撃がないから、競技の安全性は他のそれよりも格段に高い。何しろ、大会を観戦しているのは余暇を楽しむファミリー客が中心だ。悲惨なシーンを見せるわけにはいかない。

さらにグラップリングという競技は、道具というものを一切使わない。いや、厳密に言えば男子選手は金的防止のファールカップを着用する義務がある。だが、それだけだ。ごく普通の見た目の人物が、マット上で超人的な活躍を見せる。それがグラップリングの魅力の一つである。そうした要素に憧れを抱き、この競技を志す少年もいる。

「今の試合、凄かったよ! 一緒に写真撮って!」

勝利を収めた選手に、そう駆け寄る子どもたち。選手と観客との距離が非常に近いというのも、この国のイベントの特徴である。

 

電撃の柔道家

ジャカルタで行われるチャンピオンシップは年1回だが、この大会はジャワ島内の大都市をサーキットしている。スラバヤ、ジョグジャカルタ、バンドゥン、そして年の終わりにジャカルタといった具合に。

実は同じグラップリングの大会でも、開催される地域によって明確な特色が出る。例えばスラバヤの場合、その出場選手はボトムポジションから腕関節を狙う柔術タイプが多い。だがバンドゥンでは、スンダ地方の伝統相撲の影響でアマレスラーが多く、そのため積極的な投げ技とトップポジションを重視する選手が主流なのだ。

そんな中、一人の日本人選手が大旋風を巻き起こした。ブラジリアン柔術でもレスリングでもない、柔道をベースにする臼井悦規だ。

臼井の本業はアクション俳優である。インドネシアで活動し、CMにも出演している。ジャカルタの日本語劇団『en塾』でアクション指導も行うなど、フィジカルアクターとして幅広く活動している。そんな彼がマットに上がるや否や、現地のグラップラーは驚愕した。

それもそのはずだ。予選リーグで対戦した3人を仕留めるのに、合計50秒も要さなかったのだから。

近代柔道は高速化している。それをそのままグラップリングに持ち込んだ臼井に対し、平均水準程度の実力の選手ではまったく歯が立たない。早い時は5秒でカタがつく。スピーディーさよりも試合の組み立て方を第一に考えるインドネシア人選手にとって、臼井の登場はまさに革命だった。

「電撃の柔道家」臼井悦規は瞬く間のうちに、インドネシアマット界のスターになる。彼が出場する76キロ級の選手は皆、臼井の脅威に苦しみながらもどうにか対抗しようとしている。

 

スポンサーとの付き合い方

この国のグラップリングは日本のそれとは違い、大会入賞者に相応の賞金が用意されている。

例えば去年のジャカルタでのチャンピオンシップ定量級優勝の場合、400万ルピアが手渡される。ジャカルタ州の最低法定賃金は、まだ300万ルピアに達していない。現地の庶民にとっては大金である。

これを可能にしているのは、大企業の存在だ。グラップリングという、まだメジャーな種目になっていないスポーツに資金を出す企業がちゃんとあるのだ。だが、それは一方で問題を生んでいる。

その企業の名前は、ジャルム。インドネシア最大のタバコメーカーだ。

21世紀も15年を経た今、すでに世界のスポーツイベントからはタバコの広告がなくなっている。だがインドネシアではそうではない。とっくの昔に肺疾患でこの世を去っているマルボロマンのポスターが、この国には今もある。

「ジャルムはスポーツを利用して、若者にタバコを買わせようとしている!」

自覚的な市民は、サブミッション・チャンピオンシップにそういう声を向ける。いや、これはグラップリングに限ったことではない。サッカーもバトミントンもモーターレースも、そのイベントには常にジャルムの広告がある。さすがはインドネシア一番の財閥企業だ。

だがその光景は、去年から変わりつつある。ジャカルタ州によるタバコメーカーの広告規制が始まり、ジャルムは自社製品のロゴをポスターに書くことができなくなった。もちろん、インドネシアのマット界にとってジャルムはもはや欠かせないスポンサーだが、その付き合い方というものを徐々に考え始めたようにも思える。

タバコ会社との距離を少しだけ置く代わりに、その隙間を埋めるように現地のスポーツグッズメーカーのブースが登場するようになった。今まで外国ブランドに押されて、なかなか日の目を見ることができなかった中小メーカーだ。

ジャルムの雇ったコンパニオンばかり目立っていた試合会場が、だんだんと「スポーツイベント」という題目に相応しい景色となっている。そう、我々グラップラーは常に少年たちに見られているのだ。それを忘れてはいけない。

 

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