ノゲイラ引退から考える「総合格闘技と日本人」

関節技の勝利

Serious business woman punching in camera

source:https://pixta.jp/

 

PRIDEデビューを果たしたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは、僅か2戦目でヘビー級のトップ選手だったマーク・コールマンと対戦する。

アマチュアレスリング出身のコールマンは、持ち前のパワーを活かしたタックルで数々の選手を捻じ伏せてきた。強引にテイクダウンを取って相手の上になり、殴る。非常に単純な戦術だが、それを破った者はここまで一人もいなかったのだ。

だがホドリゴは、そのパワーを手玉に取った。コールマンはホドリゴの上になりパンチを打ち込むも、思うように決定打を浴びさせることができない。この展開は、素人目にはコールマンが一方的に攻めているように見えるが、実は下になっているホドリゴが、両足を使ってコールマンの体勢を見事操っていた。

そして、一瞬だけ見せたコールマンの隙を狙い、ホドリゴが三角絞め。さらにそこから腕十字を極めてみせた。それは“関節技の勝利”だった。

この前年は、桜庭和志がグレイシー一族の選手を次々に破り、アントニオ猪木が送り込んだ藤田和之も、総合格闘技の世界で大成功を納めていた。

これを根拠にファンの間では、「関節技を使えるグラップラーは、キックボクサーや空手家よりも強い」という声が支配的だった。ホドリゴはその“世論”をさらに沸騰させた。

 

「どの競技が一番強いのか?」

「どの競技が一番強いのか?」、柔道でもボクシングでも、なんらかの格闘技を観たことのある日本人男性なら、誰しも一度はこう考えたことがあるはずだ。

だが実は、これほどナンセンスな疑問はない。ボクサーとレスラーを競わせるのは、テニス選手と卓球選手を競わせるに等しい。もし総合格闘技のルールでどちらかが勝ったのなら、それは単に「総合格闘技のルールに適応したから勝った」ということだ。

ところが、日本人は昔から異種格闘技戦が大好きで、幕末のペリー来航の際には黒船に乗っていたレスラーを相撲取りと戦わせた。大相撲にしろ講道館柔道にしろ極真空手にしろ、「外国人レスラーやボクサーと戦って勝った」ということを宣伝材料にしていた時期がある。

早い話が、異種格闘技戦を経験していない競技は日本では一段低く見られてしまうのだ。

ホドリゴは、そんな日本人の“幻想”を大いに刺激した選手の一人だったのだ。

だからこそ彼は、怪物と戦うことになった。

 

2002年8月28日

ボブ・サップ。元NFL選手で、格闘家としてのキャリアはない。だがその肉体は200センチ160キロ体脂肪率11パーセントという、まさに筋肉の塊だった。

サップは、その驚異的な肉体を相手にぶつけ、いくつもの勝利をもぎ取った。同時にこの出来事は、日本人にとっての“アイデンティティーの危機”でもあったのだ。

日本人は、「大きな身体の選手が突進して豪快に相手を叩きのめす」という展開の格闘試合を嫌う。

それよりも「小さな選手が繊細な技を駆使して大きな選手を倒す」というシナリオに拍手喝采を送る。その“繊細な技”が柔道によるものなのか空手によるものなのかという議論はあるものの、「技巧的な“牛若丸”が馬鹿力だけの“武蔵坊弁慶”に勝利して当然」という先入観が、生まれながらに備わっているのが日本人なのだ。

だからこそ、サップの快進撃に日本のファンは恐怖を感じた。このままでは、格闘技の経歴など皆無の“弁慶”がチャンピオンになってしまう。誰しもがサップを倒してくれる“牛若丸”を探していた。

……ホドリゴしかいないではないか。彼なら、きっとサップを倒してくれるに違いない。

2002年8月28日、国立競技場で開催された『Dynamite!』は、実に9万人の観客を集めた。全8試合中、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ VS ボブ・サップのカードは第6試合だったが、これが実質のメインイベントだったことは誰の目にも明らかだ。

結論から言えばこの試合、ホドリゴは薄氷を踏むかのような展開でようやく勝利した。体重差が55キロもあったとはいえ、サップは“ただのデクノボウ”ではなかったのだ。それどころかサップは、ホドリゴが試合中に放ったタックルをすべて切り、サイドポジションを取られた場面からそれを見事にひっくり返している。これらの寝技のパフォーマンスは、先述のコールマンを凌駕していた。

だが、当時の日本のファンは、これらの展開を「サップの並外れたパワーによるもの」と解釈した。何しろこの試合はホドリゴが“牛若丸”、サップは“弁慶”である。そうでなければいけないのだ。

総合格闘技を一つの純粋な競技として捉えず、「この勢力とあの勢力の決戦」と考える日本人の思考回路。見方がどうしても“ヒーローとヒール”という構図になってしまう日本人の観察眼。

ホドリゴとサップの試合は、そうした“日本人の癖”を露呈させたきっかけでもあった。

 

総合格闘技は「異種格闘技戦」ではなくなった

今考えると、あの日が日本の総合格闘技ブームのピークだった。

結局、我々の国のマット界はその後衰退していく。その原因はつまるところ、多くの日本人にとって、総合格闘技とは、自らのアイデンティティーを刺激する場に過ぎなかったという点かもしれない。現に今の総合格闘技は「総合格闘技としての技術体系」が確立し、日本人の大好きな異種格闘技戦をやるための余地がなくなった。

2002年と今とでは、総合格闘技の戦術そのものが変化している。互いの選手がある程度の組み技の技術さえ覚えたら、結局は立った状態での打撃戦がメインとなる。容易にタックルに行くとすぐに切られ、膝打ちの雨が降ってくる。だから長らく総合格闘技の世界では「使えない」とされてきたミドルキックが見直され、逆に足への関節技の頻度がかなり少なくなった。

それはすなわち、「柔道家が一番強い」「いいや空手家だ」というような単純な構図の議論が、まるで意味を持たなくなったということだ。

アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは、総合格闘技のターニングポイントにあっても、常に最前線で戦った。此度の引退発表を惜しむ声もあるが、彼は充分に戦い、日本のファンに多大な影響を与えてくれた。

今はただ、彼の背中に拍手を贈ろう。

 

【参考・画像】

※ Shahril KHMD / Shutterstock

※ Alliance / PIXTA

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