【クルマを学ぶ】大型車両とサスペンション 「大きなクルマ」はこうして進化した

恐怖のT34戦車

だが実は、この二つのサスペンションとはまったく異なる機構のものが戦時中に大活躍していた。

『クリスティー式』である。

これはアメリカのジョン・ウォルター・クリスティーという発明家が開発した機構で、言わば独立懸架方式サスペンションの一種類である。

接地ストロークの大きい大型転輪(というより、それを支える架脚)に、コイルバネをそれぞれ取り付けたものだ。クリスティーはこれを搭載した独自の戦車を開発した。

そしてこの戦車は、当時の常識では考えられない高速を発揮し軍関係者を驚かせた。

クリスティーはこの結果に満足し、意気揚々とアメリカ陸軍に売り込んだ。だが、陸軍はクリスティー戦車をごく少数購入しただけに留まり、その後も戦車技師としてのクリスティーを、重用しようとは考えなかった。落胆したクリスティーに声をかけたのは、ロシア人だった。

「ソ連はあなたの発明を必要としている。この戦車をぜひ売ってほしい。砲塔は外した状態でも構わない」

そう言われたクリスティーは、砲塔を取り外してただのトラクターと化した戦車をソ連に売却した。ソ連の兵器技師たちは、このクリスティー戦車を隅から隅まで研究し、改良に着手した。

そうして生み出されたのが、T34戦車である。

ソ連は、シベリアの大草原を走破できる戦車を欲していた。不整地での走行性能と速力を兼ね備えた戦車こそが戦場の王に君臨すると、赤軍所属の技師たちは確信していたのだ。

そしてその確信は現実のものとなる。

1941年6月、世界一の装甲師団を有するドイツ軍は、ソ連領内に突如侵入した。ここに、第二次大戦で最も熾烈を極めた独ソ戦が始まる。

だがヒトラーが手塩にかけて育てた装甲師団は、すぐさまソ連軍のT34戦車に悩まされることとなる。

被弾してもその貫通を許さない形状の車体、強力な主砲、火災の危険性が少ないディーゼルエンジン。そして何よりも、あらゆる地形での行動を可能にする『クリスティー式サスペンション』がドイツ軍の脅威として立ちはだかった。

ソ連軍戦車兵は誰しもT34を“戦場の王”と讃え、改良設計を担当する技師たちに「もっと弾薬と燃料を詰めるようにしろ」と気炎を上げた。

そしてついに、T34はドイツ軍を駆逐してしまうのだ。

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