【商倫理と日本・前編】「商人道」はこうして敷かれた

禅僧が商人道を作る

zen stones and bamboo on the sand

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日本人は“宗教音痴”と言われているが、それでも人々の価値観に宗教という要素は必ず関係している。

16世紀から17世紀にかけて生きた禅僧の鈴木正三は、今の日本人の行動パターンを形成した人物と言える。

宗教者としての正三が行ったことを端的に言えば、「出家にこだわらない」ということだ。仏行に臨みたいが世俗の生業を捨てることができない人々を対象にした布教活動を、正三は行った。

「日常生活の中でも仏行に打ち込むことができる。」

正三はそう言った。それはどういうことか?

例えば、筆者はライターだ。この仕事がなければ死んでしまう。霞を食べて生きてはいけないからだ。

だが、その生業に精を出すことで筆者は報われるというのが、正三の仏教理論である。となると、筆者がライターとしてカネを稼げば稼ぐほど「それは正しい行い」ということになる。

 

ではもし筆者が血迷って、誰か他のライターの文章をコピー&ペーストしたらそれは許されるのか? 単に「カネを稼げばそれでいい」というのが正三の考え方ならば、筆者はいくらでも他人の文章をパクることができる。

だがそこには“仏行”という言葉が立ちはだかる。それにそぐわない行為は許されない、ということだ。

筆者はカトリックの洗礼を受けているクリスチャンである。しかしそれでも、自分を含めた日本人の価値観が鈴木正三の影響を大きく受けているということは否定できない。

その証拠に、日本の企業はホワイトカラーとブルーカラーの区別が欧米企業ほど明確ではない。もっとも、最近ではそうとも言い切れなくなっているが。

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