【商倫理と日本・前編】「商人道」はこうして敷かれた

輸出された「松下哲学」

中国の家電メーカーであるハイアールの会長は、張瑞敏という人物だ。この張氏は、「自分は松下幸之助から学んだ」と躊躇なく公言することで有名だ。

中国は儒教の本場で、“商倫理”に関しても古来より研究されてきた……と言う人がたまにいるが、逆である。

儒教は“士農工商”を前提にしている。商人は最も卑しい身分の人々だ。その理由は先述した例の通り、「原価50円のものを100円で売っている」からだ。それゆえ、“商倫理”など殆ど発達しなかった。

そして、そういうことは中国人が一番よく知っていて、その中でも「このままではダメだ」と考えた人々が、松下幸之助の本を手に入れて読み漁った。張氏もその一人なのだ。

張氏は若い頃、金属製品を作る工場で働いていた。この時代は毛沢東の文化大革命の最中で、若者は農村か工場へ強制的に配属されていた。

筆者はこの頃にやはり工場で勤務していた人から話を聞いたことがあるが、「工員の仕事は非常に楽だった」とのことだ。

 

それはそうだろう。どれだけサボっても給料はみんな同額で、しかも朝と夕方の政治集会が工場のラインを止めてくれた。

あとは野原にムシロを敷いて仲間同士で安酒を飲んで一日を終える。貧しいことは貧しいが、毎日が土曜日みたいなものだ。こんなに肩の凝らない暮らしもない。

だがそんな環境下で、果たして職業倫理というものが芽生えるかといえば、やはりそれは無理だ。

となると、そういった面は全て“輸入”に頼るしかない。毛沢東が死んで文化大革命が終わりを迎えたのと同時に、中国では日本のビジネス書が流通するようになった。

筆者の物書きの師匠は、かつて中国のとある大学で日本語を教えていたという人物だが、毛沢東死後から趙紫陽失脚までのちょうど10年間が『日本ブーム』の時期だったと言っていた。

要するに、その辺りで青春時代を迎えた人々が“松下世代”なのだ。

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