「我々はテロに怯えない」ジャカルタ市民に学ぶ屈せぬ心

市民は恐怖に屈しない

澤田オフィス提供

 

第二次世界大戦時のヨーロッパ戦線、ドイツ陸軍のヴァルター・モーデル元帥は、爆弾を使った遅滞行動を得意とした。

これは市街地のあちこちに爆弾の罠を設置し、敵軍がそれに手こずっている間に自軍を後方に下げるという手法だ。ここで肝心なのは、モーデルは快進撃に勢いづく敵の心に“恐怖”を差し込む名人でもあったということだ。その“恐怖”はもちろん、どこに仕掛けてあるか分からない爆弾がもたらすものだ。

澤田オフィス提供

 

これと同じことをゲリラ組織が行えば、政治家やマスコミから“テロリズム”と呼称される。

此度の事件の実行犯は、モーデルと同じことをやろうとしていたはずだ。だがその目論見は、計画実行当日から外れることになる。

澤田オフィス提供

 

現場写真を見て分かるが、辺りは大勢の野次馬が取り囲んでいる。警官とテロリストとの銃撃戦の時ですら、至近距離に見物人がいたほどだ。

多くのジャカルタ市民は、テロに対して“恐怖”など微塵も覚えていない。“能天気”、というわけでもない。市民の心には「テロリストの無様な最期を見てやろう」という気持ちがある。

「ISは神の名を語る無法者だ。」

ジャカルタのイスラム教徒の九分九厘は、そう考えている。

 

「怯えないこと」が対抗策

事件翌日、タムリン通り沿いにある大型ショッピングモールは、普段通りの営業を行っていた。

日本大使館の隣りにある『プラザ・インドネシア』は、地上1階部分に高級ブランド店が立ち並ぶ。

しかも、スターバックスコーヒーの店舗まである。次にテロが発生するとしたら、真っ先にここが狙われるだろう。

澤田オフィス提供

 

だが、いつもより多くの警備員がいたとはいえ、特に動揺もなく業務が行われた。テロに怯える市民など、皆無である。

もはやISの計画は叶わぬものになった。そもそもが享楽的なジャカルタ市民の心を、爆弾で支配しようなどという思惑自体が無謀だったのだ。

事件のあとのジャカルタは、確かに変わったかもしれない。だがそれはテロリストが望むような“変化”では決してないということを、筆者はここで強調しなければならない。

まったく新しい形の“非暴力による抵抗”が、この地に芽生えているのだ。

 

【関連記事】

※ 「銃とともに育つ」アメリカ南部の子供たち。銃規制を巡る意識格差とオバマの涙

※ 「武装化」を進めるアメリカ市民。銃器専門ショッピングチャンネル、サービス開始へ

※ コネチカット州から考える「アメリカの銃社会」銃規制ができない理由

※ アメリカ・乱射事件再び…続々投入される「新商品の威力」とは

※ ガンダム世代に癒やしのひとときを。「GUNDAM 錫製ぐいのみ」で飲む酒が沁みる

1ページ目から読む