IT/テック

任天堂「岩田聡」の見た夢は、我々の手の中に

偏見と高グラフィック化

デジタルゲーム業界は、行く先々で常に「大人たちの偏見」と戦ってきた。

任天堂がファミリーコンピューターを発売してから、学校関係者や教育評論家はいつも批判の矛先をゲーム機に向けていた。曰く「少年犯罪はゲームの影響」、曰く「ゲームの残酷性が少年の人格を変えてしまう」等々、特に統計を取ったわけでもない説がマスメディアを通じて大々的に叫ばれていた時期が長く続いた。

岩田が任天堂の代表取締役社長に就任した2002年、実はゲーム業界に対する世間の風当たりが最も強い時でもあった。とある脳科学者が問題提起した「ゲーム脳」が、学校関係者を中心に支持を集めたのだ。「ゲームをしている最中の人の脳波は、認知症患者のそれと同じ状態である。やはりゲームは危険だ」という学説だ。

結論から言えば、この説は医学界から「疑似科学」と酷評された。と同時に大きな禍根を残してしまった。一時的にでもゲーム会社のプログラマーを悪者に仕立ててしまった、という取り返しのつかない過ちである。無理もない。「ゲームプログラマーの仕事は脳を殆ど使わない」などという、名誉毀損も甚だしい珍説を教職員ですらも口にしていたのだから。

そしてそんな状況に背を向けるかのように、ゲーム業界自体もコアなユーザーばかりを相手にしたソフトを開発するようになる。

折しもこの時期、ソニーのプレイステーションが先鞭をつけた「ゲームの高グラフィック志向」が軌道に乗り始めた。より高度な画像描写と、それに相応しい複雑なストーリーがゲームソフトのトレンドになった。

その行く先は詰まる所、「マニアにしか分からない世界」だ。どうせ大人たちはゲームのことなど理解してくれない。それならば、分かる人間だけを対象にした世界を築こう。2000年代前半のデジタルゲーム市場は、そうした空気がはっきりと滲み出ていた。

社長になって統計資料を見てみると、日本のゲーム産業のソフトウェア出荷額は97年から下がり続けている。取材に来られる記者も、昔はゲームをやっていたけれど、いまはやりませんという人ばかり。業界自体は明らかに先細りなのだという現実に、思わず冷や汗が流れました。えらい時に社長を引き受けてしまった、と思いました。

ゲーム業界は、危機を迎えていたのだ。