今年は終戦70周年という節目の年である。それは同時に、広島と長崎に原子爆弾が投下されてから70年を経たということだ。
19世紀中葉にアメリカで起こった南北戦争は、人類に“総力戦”という新しい戦争概念を植え付けた。それまでの戦争は「力のある若い男だけが担うもの」というものだったが、南北戦争は巨大化した戦時経済の捻出のために一般市民をも駆り出した。
その結果、アトランタの南軍側市民は北軍による無差別破壊の憂き目に遭った。「敵国の士気、生産力を削ぐこと」はすなわち「敵側の都市を完全破壊すること」なのだ。
その極致が、第二次世界大戦である。この頃になるとかつての南北戦争やパリ砲撃が実行された普仏戦争、毒ガス弾を各地にばら撒いた第一次世界大戦をも超える都市破壊が、司令官の命令一つで行われるようになった。戦争指導者にとって、前線の敵兵よりも銃後の敵国民が“殲滅すべき目標”と化したのである。
広島と長崎は、まさにそのような潮流に巻き込まれたのだ。
「他国の戦争」は他人事
ここで話は変わる。
筆者は年の半分をインドネシアで過ごしている。現地では様々な人と交流を持つが、インドネシア人について総じて言えるのは“世界史と国際情勢に疎い”ということだ。
この国の市民は、たとえ大学生でも「リーマンショックって何?」と言ってしまう人々が多数派である。これは内需中心経済のインドネシアが、リーマンショックの際にもプラス成長を達成できたことに由来するが、それにしても日本人とインドネシア人とでは時事情報に関しての知識格差が大きいと感じてしまう。
そして、インドネシア人にとっての“戦争”とは専ら自国の独立戦争を指し、それ以外は学者かマニアかオタクでなければ知る由もないというのが普通だ。たとえばアドルフ・ヒトラーはインドネシアでも有名だし、ナチス時代のドイツ軍のコスプレコミュニティーもある。その趣味が高じて、自前で1942年製キューベルワーゲンを買った人もいる。
ところがヒトラーが実行したホロコーストの惨劇、そしてその只中で日記を書いていたアンネ・フランクという少女がいたことは、この国では殆ど知られていない。
平たく言えば、よその国の戦争史など他人事に過ぎないのだ。
そんなインドネシアにおいて先日、一つの記事が話題を呼んだ。大手紙コンパスがネット配信したそれは、特に首都ジャカルタの市民の間で大きな衝撃をもたらした。
それもそのはずである。その記事の内容は、「もし原爆がジャカルタに投下されたら」という趣旨のものだからだ。
ジャカルタ壊滅
「広島に投下されたリトルボーイを、ジャカルタ中央部に落としてみる」
これは原子力史研究家のアレックス・ウェレルステイン氏が運営するサイト『Nuke Map』を利用したシミュレートである。
Nuke Mapとは、Google Mapを利用して「いつどこでも核兵器を使用でき、さらにその被害を克明に知ることができる」というコンテンツだ。爆心地にしたい都市名と使用する核爆弾を指定するだけで、その土地の破壊状況や放射能到達範囲、死者数などを測定してくれる。ちなみに指定できる核爆弾はリトルボーイから「史上最強の水爆」ツァーリ・ボンバまで、史実上の兵器が勢揃いだ。
コンパスの記者は、これを使ってジャカルタを焦土にしたのだ。爆心地はジャカルタの象徴的モニュメントがあるモナス広場。リトルボーイ炸裂の瞬間、モナス広場にいる市民は当然ながら跡形もなく消え去り、爆心地から1.5キロ以内の人や建物は殆ど破壊される。大統領官邸、イスティクラル・モスク、ジャカルタ・カテドラルも道連れだ。ジャカルタ中央部は、文字通り地図上から消滅する。
結果、死者数は16万人以上に上るというのがNuke Mapの試算だ。
自らの住まう街を常に愛するジャカルタ市民は、この記事を無視できなかった。配信から3日間でフェイスブックでのシェアを5,500回集め、日間プレビュー数も他の記事を大きく突き放した。
日本史と原爆
「日本はアメリカに原爆を投下された」ということは、以前からインドネシアでも知られている。だが、それを深く突き詰める一般市民はいないに等しかった。前述の「アンネ・フランクって誰?」と同じような流れだ。
そうであるからこそ、今回のコンパスの記事は大きなインパクトを帯びたのだろう。「核兵器を実際に使用したら」ということについて考えさせる機会を、Nuke Mapはインドネシア市民に与えたのだ。こういうことは、今までになかった。
日本とインドネシアの関係は、経済的つながりから年々大きく発展している。それは同時に、日本の歴史を学ぼうとするインドネシアの若者が増えるということでもある。
日本史と原爆は、決して分離できない。我々日本人は、原爆がもたらした破壊の大きさを諸外国の市民に説明しなければならないのだ。だが、その説明の中でより大きな説得力を発揮させるには、どうしたらいいのか。この問題を解決させるためのヒントを、我々は新興国のマスコミから教わった。
【参考・画像】
※ コンパス記事
※ Nuke Map
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