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【世界の功績者から学ぶ・後編】「言葉」は問題を解く鍵

大量消費社会の限界

「もしドイツ人が一世帯で所有する車と、同じ数だけインド人が持てば、この惑星はどうなってしまうのでしょうか? 呼吸をするための酸素が残るのでしょうか?」

2012年のリオデジャネイロ会議の場で、当時のウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏はそうスピーチした。

作業着のような素材のジャケットにノーネクタイ、いつも安物の靴かサンダルを履いているこの老人は、「世界で最も貧しい大統領」と呼ばれている。

大統領職の報酬があれば富裕層の仲間入りができるのに、それを殆ど寄付してしまうから手持ちのカネがない。

だが本人曰く、「私が貧しいわけではなく、これがウルグアイ国民の平均的な生活水準」だそうだ。

社会福祉が完備されているわけでも、幸福指数とやらが高いわけでもない小国の大統領。

だが問題だらけの祖国の現状に自らのライフスタイルを合わせているからこそ、ムヒカ氏は大統領を退任した今でも注目を浴びている。

 

ムヒカ氏が現職大統領としてメキシコを訪れた際、その帰路でエンリケ・ペニャニエト大統領の専用機に便乗させてもらったエピソードは有名だ。

ムヒカ氏は専用機を持っていない。海外訪問の時でも、民間旅客機のエコノミークラスシートに座る。

一方でメキシコのペニャニエト氏の専用機は、本人がわざわざボーイング社に発注した最新鋭787-8型だ。機内にはベッドルーム、会議室、ラウンジまである。

この一件でペニャニエト氏は、「病院を訪問したばかりなのにこの贅沢三昧か!」とメキシコ国民に批判されてしまった。

「政治家は多数派の国民から選ばれているのだから、少数派の暮らしをしてはいけない」

幾度とそう口にするムヒカ氏が嫌うのは、大量消費社会だ。今現在の状態、すなわち消費を促すことで経済成長を図るというやり方には限界があるという。

消費は憧れである。少なくとも、少し前までは。

次々に供給される製品を使い捨てること、同じ品目のものを、シーズンごとに更新することこそが経済学上の理想とされ、それを実現している国は“理想国家”だった。

日本の左派が旧ソ連や北朝鮮に憧れたように、右派は大量消費社会を達成しているアメリカを絶賛した。

東西冷戦の頃は、確かにそれで良かったかもしれない。アメリカのやり方に従わなければ、ソ連に赤化されていたかもしれない時代だ。

だが今現在この世に存在する問題は、その大量消費社会がもたらしたものだ。

どんな建物もいずれ老朽化するのと同じで、我々はその時代の最新工法で常に建物をリフォームしていかなければならない。