先日開催された伊勢志摩サミットは、「日本の物品見本市」という側面も有していた。
各国の報道関係者は、伊勢市に設置された国際メディアセンターに集合した。その際に日本政府は別館を建設し、そこを企業ブース会場としたのだ。
注目すべき展示はいくつもあったが、今回はその中の一つをご紹介しよう。
恐怖の死因「誤嚥」
昔、上田馬之助というプロレスラーがいた。この人物は日本人悪役レスラーの先駆けで、同時にリング外では福祉活動を積極的に行なう紳士としても知られていた。
そんな上田は、交通事故で胸下付随になり晩年は車椅子生活を余儀なくされた。そして2011年11月、上田は突如としてこの世を去った。死因は誤嚥である。
上田のように車椅子生活を送っている人、そして要介護の高齢者にとって食物の誤嚥は、極めて深刻な問題である。食べたものが胃ではなく肺に流れてしまうという現象は、健康な者ならば何の問題もない。人間には「むせる」という生理的行動が付与されているからだ。
ところが体力の低下が著しい場合、むせる力が弱くなる。だから若者にとっては何でもない誤嚥が、高齢者には死因になってしまう。
それを防止する一番手っ取り早い手段が、介護食だ。ミキサーでペースト状にした食事を提供すれば、誤嚥の可能性は大きく低下する。
だが、人間は感情と尊厳の動物だ。ペースト状の料理とも言えない料理を毎日出され、それで人としての尊厳が保たれるかという話になってしまう。
歯がなくても食べられる!
イーエヌ大塚製薬株式会社が提供する『あいーと』は、一言で言えば「奇跡の介護食」である。
一見、何の変哲もない冷凍食品だ。米飯、焼き魚、肉料理、食パンなど、そのラインナップは非常に豊富なのは分かる。だがそれを調理してみても、牛肉ならやはり牛肉のままの見た目だ。
ところがその牛肉は、舌だけですり潰すことができる。歯を一切使わずとも咀嚼できるという、驚異的な柔らかさなのだ。
『あいーと』は、いわゆる再形成食品ではない。もう一度書くが、「牛肉は牛肉」なのだ。酵素を食材に浸透させることにより、繊維を分解して柔らかくしているのである。
先述の通り、伊勢志摩サミットではこの『あいーと』のサンプルが報道関係者向けに提供された。国際メディアセンターには食堂が併設されていた。『あいーと』のブースも、その食堂内にあったのだ。
各国記者から好評を得る
『あいーと』事業部副事業部長の坂本雄氏によると、この製品は「柔らかさの調節」に最も苦労を要したという。
とにかく柔らかくすればいい、というものではない。食材独自の食感を残し、また外見が崩れないようにしなければ、それはミキサー食と同じである。
伊勢志摩サミットの際のブース展示では、製品に対する好評が相次いだという。
「こんなに柔らかいのに普通の食品と見た目が変わらないのはすごい」
「こういった技術が進んでいるのは驚き」
「思ったよりも美味しい」
健康的な一般人の目から見れば、「介護食は美味しくない」というイメージがどうしても拭えない。だが『あいーと』は、明らかにそれを覆している。
食事ができる幸せ
「何らかの疾患またはご高齢であることが原因で咀嚼力が弱まり、“出来る限り美味しいものを食べたい”という願望に蓋をしなければならないという現実があります。“当たり前のように食事ができる幸せをもう一度”。その手助けがしたい一心で開発しました。一人でも多くの方の食べたい思いを叶え、幸せな時間(とき)を提供し続けるために私たちは今後もメニュー開発を続けていきます」
坂本氏から、このような熱いメッセージをいただいた。
高齢社会に直面している我々日本人は、今こそ「思いやり」を見直さなければならない。それはすなわち、人間の尊厳について考えるということだ。
幸い、我が国日本は世界トップクラスの技術力を持つ国だ。今こそその技術力を、「幸せな時間(とき)」のために活かそうではないか。
【参考】