ポルシェ911ターボより速い!とセンセーショナルな話題をふりまいた電気自動車“Eliica”の登場から12年。
日本の電気自動車開発の草分け的存在である清水浩氏は、現在も究極の電気自動車を追い求め続けている。
全4回にてお伝えする電気自動車の現在と未来のカタチ。
第3回は、14台目となる最新の電気自動車の試乗レポートをお届けする。
未来の社会を大きく変える可能性をふんだんに秘めた、e-Gleの電気自動車。清水氏の話を聞いていると、理論上は「究極の乗り物」だということがよくわかる。
しかし、クルマとは、ユーザーにとってある意味「便利ツール」の一つに過ぎないともいえる。実際に使ってみなければ、乗ってみなければ、真の魅力はわからない。百聞は、一乗にしかず。そこで、試乗体験をさせていただいた。
ただのタイヤに見える、インホイールモーターの凄さ
e-Gle社に隣接するテストコースで待ち構えていた試乗車は、メタリックなボディが輝く4輪の電気自動車。清水氏の14代目の試作車にあたり、ナンバープレートは「14」だ。
車体サイズは、全長4,150mm、全幅1,750mm、全高1,550mm。一見すると、いわゆる高級コンパクトカーをイメージさせるデザインに仕上がっている。ゼロから手づくりされた自動車とは思えないほどの美しいフォルムだが、このクルマの真骨頂はもちろんビジュアルではない。ボディに覆われた部分に、未来を変えていく技術が凝縮されているのだ。
早く運転したい!とはやる気持ちを抑えて、まずは細かい部分をチェック。
ステアリングを切って前輪を斜めにした状態で、最大の特長ともいえるモーター内蔵のタイヤホイール「Shimizu In wheel Motor」を確認する。しかし、パッと見ではごく一般的なサイズのタイヤにしか見えない。

「本当にこのなかにモーターが入っているのか?」「そんなモーターでこの車が高速走行できるのか?」というのが、正直な感想だ。
「インホイールモーターは、タイヤ幅の半分くらいの厚さしかありません。しかし、このクルマの1つのモーターは100馬力で、4輪すべてで400馬力を発揮します。それが直接タイヤを駆動させますから、動力伝達のロスが最小限に抑えられ、快適かつ高速な走行が実現できるのです」(清水氏)
ならば早速、高速試乗を! といきたいところだが、さらにボディチェックを。
「あるべきモノがない」という快適性
車両前部のボンネットを開けてみる。当然のことながら、エンジンは見当たらない。それ以前に、従来の自動車では常識だった「エンジンルーム」という概念さえないのだ。改めて、e-Gleの電気自動車とほかの自動車とのコンセプトの違いの大きさを実感する。
車両最前部のスペースに収められているのは、基本的にエアコン装置とステアリング、そしてブレーキのみ。エンジン車のようにさまざまなパーツが詰め込まれている複雑な見た目とはまったく違い、メカに詳しくないひとでも、いざというときのメンテナンスが簡単だろうと想像できる。

「一般的なフロントエンジンのクルマと比べて、運転席が50~60 cm前方に設置されています。それでも、前方衝突時に搭乗者の安全を守るクラッシャブルゾーンは十分に確保できているのが特長です。さらに、前部座席を前方に位置させることで、後部座席には新幹線のグリーン車並みの広いスペースがあります」(清水さん)
実際に後部座席に乗り込んでみると、たしかに広々としていて、一般男性が足をまっすぐ伸ばせる快適さだ。試しに足を組んでみたところ、前部座席を蹴り飛ばすこともなく、窮屈さは感じなかった。
また、床下のフレーム構造内にバッテリーなどが配置されているので、車内の床面はフルフラット。物理的にはもちろん、気分的にもスッキリした印象を受ける車内空間だ。

驚愕の加速を感じさせない、嵐の前の静けさ
後部座席からいったん外に出て、深呼吸。運転席に乗り込み、ついに試乗スタート。
スイッチを入れて始動しても、当然エンジン音は聞こえない。アクセルを踏むと、かすかにモーター音と電気関係の音が聞こえる程度で、徐行状態に入っても車内は非常に静かだ。
アクセルやブレーキの挙動、ステアリングの取り回しなど、普段から自動車を運転しているひとにとっては「普通」に運転がしやすいクルマという印象を受けるだろう。
そして、直線コースへ入って、一旦停止。いよいよ、小泉純一郎元首相や元F1ドライバーの片山右京らが絶賛し、「世界最速」のポルシェ911ターボに走り勝った加速を体験できる瞬間が訪れた。
ちなみに、この試乗車は、実際には当時のEliicaほどは加速性能を追求していないというものの、加速感は一般の内燃機関自動車とは次元が違うという。
3、2、1、Go!
地球の重力をも彷彿させる加速の快感
アクセルを強めに踏み込むと、ススッと動き出し、そのまま一気に加速する。
今回のテストコースは直線距離が約150mのため、アクセルをベタ踏みするところまでいかない(勇気もない)が、それでも加速性は驚異的。内燃機関自動車のようにシフトチェンジがないため、非常になめらかな加速で、アクセルを踏み込んだ分だけ、ただただひたすら加速度が増していく感じだ。
自分にとっては未知の感覚だが、敢えてたとえれば、ジェットコースターの頂点から落下するときのような感覚。自然に落下=急加速していく、あの瞬間に近い快感を味わえる。
たしかに、これは楽しい乗り物だ。加速時だけでなく、ロングドライブも快適で、楽しめるはずだ。
さらに、テストコースをもう1周。この加速感は、クセになる。

試乗を終えて、清水氏に再び話を伺う。
「死の谷」を乗り越えるために
――いままで味わったことのないような加速感でしたが、あまりにもどんどん加速していくので、怖くてアクセルを踏み込みきれませんでした(笑)。
私たちの電気自動車の加速を初めて経験すると、ほとんどのひとが驚きますね。
このクルマは車体重量が1,580kgで、加速度は最大0.6G【*注】くらいです。現在のボディデザインは一般的な乗用車に近いものですが、流線形の軽量ボディにすれば、さらに加速度も最高速度も上がるポテンシャルがあります。
――現状のままでも十分、市場で販売できるレベルなんじゃないかと感じました。
試作車としては、居住性や加速性、安定性などさまざまな面で、内燃機関自動車に対する優位性はすでにできています。
研究開発のプロセスは「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」と言われますが、私たちは「魔の川」にあたる発明や発見の壁は越えたと考えていて、いまはまさに、試作から商品へ移行する「死の谷」に突き当たっています。今後の普及に不可欠な競争力は持っていますが、商品化に向けては、衝突試験や走行試験を何度も繰り返し、さらに設計を詰めていく必要があります。そのための資金調達も、私たちが乗り越えなくていけない大きな障壁です。
圧倒的な進化を続ける性能
――量産化のためには、生産コストの削減もポイントになりますね。
一般的に自動車の場合は、1分間に1台をつくれる生産ラインが一つのユニットになっていて、年間12万台が量産の最低限だといわれます。また、工業製品は10倍の量を生産すると、製造コストが1/2 になるともいわれます。ですから、単純に計算すると、量産化するには、年間12万台か年間24万台が売れる必要があり、24万台売れると製造コストが大幅に下がります。製造コストが下がれば、商品価格も下がり、普及のスピードが上がるわけです。
私たちe-Gleの電気自動車は、試乗をしていただく方のほとんどが「買いたい」とおっしゃってくださるのですが、まだ死の谷を超えるところまで行っていないために販売には至らないというのが現状です。
――性能としては、どんどん上がっているのですよね?
そうです、特にモーターの性能が圧倒的に進化しています。安定性が格段に向上していますし、最高時速370km/hを記録したEliica以上の速度や加速度を4輪車で実現することも可能です。
性能面に問題はないので、あとはお金と時間の問題をクリアすれば、一気に「死の谷」を抜け出して、「ダーウィンの海」すなわち産業化のための広大な海を泳ぎ切ることができると考えています。(了)
【*注】
読者の方から加速度についてお問い合わせをいただきましたので、以下、説明となります。
1Gは物が自然落下する加速度。別の表現をすると1G=9.8m/(secの2乗)。タイヤと路面の摩擦力は乾燥路面で0.9〜1Gとなるので、特殊なゴムをすり減らしながら走るF1用のタイヤを除き、クルマが加速するときの一般的な加速度は0.08-0.15G 程度になります。0.6Gがいかに早い加速度であるかがわかります。
【第1回】 伝説の電気自動車“Eliica”生みの親に聞く、電気自動車の真実と未来
【第2回】 「電気自動車×自動運転」と太陽エネルギーがもたらすユートピア
【第4回】 “長生き”を実現するクルマ社会を目指して
【取材協力】
清水浩■株式会社e-Gle代表取締役社長。慶応義塾大学名誉教授。工学博士。1947年、宮城県仙台市生まれ。75年、東北大学工学部博士課程修了。76年、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入所。79年電気自動車の研究開発に着手。82年、アメリカ・コロラド州立大学留学。97~13年、慶応義塾大学環境情報学部教授。2013年に退職し、電気自動車とエネルギーを研究開発する株式会社e-Gleを設立。04年に発表した8輪電気自動車“Eliica”が大きな話題を集めた。