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“長生き”を実現するクルマ社会を目指して

ポルシェ911ターボより速い!とセンセーショナルな話題をふりまいた電気自動車“Eliica”の登場から12年。

日本の電気自動車開発の草分け的存在である清水浩氏は、現在も究極の電気自動車を追い求め続けている。

全4回にてお伝えする電気自動車の現在と未来のカタチ。

最終回は、清水浩氏が電気自動車の開発に生涯を捧げるに至った経緯と人生観について語ってもらった。

 

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科学者・清水浩を生み出した、クルマのある“原風景”

――そもそも、科学者になろうと思ったのはどうしてですか?

私は、子どもの頃からクルマが大好きでした。“クルマ”という存在そのものが好きで、そして、クルマのある風景が好きだったんですね。いつもクルマを眺めているような子どもで、種類に関係なく「タイヤが付いていて、陸上走るもの」だったら、何でもよかった(笑)。

特に好きなクルマは、シボレー・インパラで、小学校6年のときに地元・仙台で初めて見て「ひぇ~、すげえ」と思いました。

そして、ずっと自動車を開発したいと考えていて、東北大学工学部に入学しました。

――大学では、自動車とは直接関係のなさそうな、応用物理を専攻されています。

自分の専攻を決める1966年頃、ちょうど自動車に関係する二つの大きな社会問題がありました。排気ガスによる公害と、交通事故の多発です。

そこで「本当に自動車の道を進んでいいのか」と悩んだ結果、まずは基礎勉強をしようと考えて選んだのが応用物理学で、当時最先端だったレーザーの研究でした。その延長で、大学院修了後に国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入所して、大気汚染を測定するレーザーレーダーの開発を行っていました。

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30歳で、「無謀」と言われた大きな転機が

――そこから、自動車開発に“戻ってきた”きっかけは何ですか?

レーザーを使った大規模な大気汚染測定装置の開発プロジェクトが一段落したときに、「自分は、この先の人生をどう生きていこうか」「たとえ測定がうまくいっても、世の中は良くならないのでは」と悩み始めたんです。

そして、「環境に優しくて、自分の好きなものは何だろう?」と考えた末に、「自分がやりたいこと、やるべきことは、電気自動車だ!」いう結論に至って、と研究テーマを変えました。

――レーザーから自動車へのテーマ変更は、かなり大きな方向転換にも思えますが。

そのとき、私は30歳で、周囲からは「いまさら研究テーマを変えるなんて無謀だ」と言われました。でも、自分としては「これまで学んできた応用物理は、レーザーにも電気自動車にも応用できるから、大きな違いはない」という考えでした。

逆に、自動車工学などではなくて、応用物理を学んできたからこそ、「車輪の中にモーターが入るべきだ」といった発想が自然に生まれたのだと思っています。

 

科学者としての最終目標は、電気自動車による“長生き”の実現

――その後、慶応義塾大学教授を経て、株式会社e-Gle(イーグル)を設立されて電気自動車の開発を続けていらっしゃるわけですが、科学者としてのご自身の最終目標とは何ですか?

私自身の大きな目標の一つは、やはり自分で電気自動車をつくることに関与して、自動運転も実現して、そのクルマを販売して、自動運転型電気自動車を世界中で普及させていくことです。その結果、世界中の人々の生活が便利になればいいなと思っています。

そして、もう一つ。「電気自動車による“長生き”の実現」という目標も持っています。

――電気自動車で、ひとが長生きできるようになるということですか?

そうです。私が大学で環境問題について教えていたときからずっと考えていたのが、「人間の究極の目的とは何だろう?」ということです。そして、最終的にたどり着いたのが、「結局、人間の目標は長生きじゃないか」という結論でした。

一般的には医療と食べ物が長寿の秘訣といわれますが、私なりに考えて、4つの長生きの条件を導き出しました。それが、「過酷な労働からの解放」「リスクの回避」「クリーンな環境」、そして「喜怒哀楽の“喜”と“楽”を増やす」ことです。

「過酷な労働からの解放」についてはP・F・ドラッカーも言及していますが、過酷な労働を強いられていた時代のひとたちは寿命が短かったといわれます。この点に関して、電気自動車は、移動という人間の活動=労働を軽減する役割を果たします。さらに、交通事故というリスクを回避し、排気ガスのない環境を生み出すことが可能です。

 

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――試乗して感じましたが、喜びや楽しみもたくさんありそうですね。

「好きな場所に、好きなときに、素早く行ける」という喜び。移動=旅をするという楽しみ。車窓を流れる景色を眺める楽しさ。さらに、加速による原始的な快感など、多くの“喜”と“楽”をもたらすことができると思います。そういう意味でも、電気自動車および自動運転というのは、長生きにつながるものだと言えると思うんですね。

さらに突き詰めると、本人自身の長生き、家族の長生き、社会の長生き、そして現代を生きる私たちが真剣に考えなければいけない地球の長生きも実現できます。

また、視点を変えると、そのような乗り物を開発・普及していくことを自分のレーゾンデートル(存在理由)と考えている私自身にとっても、電気自動車は「幸せに、長生きできる」ことにつながっているとも言えます。

――小さい頃から好きだったモノを一生の仕事にできるということは、とても幸せですよね。

これは、よく学生たちに言ってきたことですが、「やりたいことと、やるべきことと、やっていることを一致させることが、人生の幸せ」だと思うんですね。「やりたいこと」とは自分が好きなことで、「やるべきこと」とは社会が求めるもの、そして「やっていること」が仕事です。

そう考えると、こうやって電気自動車を探求し続けられている私は、幸せだと思います。もちろん、大変なこともたくさんありますが(笑)。

 

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0.1%のインスピレーションと、99.9%の営業努力

――どのようなご苦労がありましたか?

エジソンの言葉に「天才とは、1%のインスピレーションと99%の努力」という名言がありますが、私がやってきた電気自動車づくりは「0.1%のインスピレーションと99.9%の営業努力」だと思っています。

アイデアを形にするには十分な資金が必要ですし、さらに量産するためには莫大なお金がかかります。多くの方々の協力も必要です。開発自体の試行錯誤という苦労ももちろんありますが、それ以上に資金と人に関する努力が不可欠だと痛感しています。

e-Gleはまだスタートラインに立ったばかりの会社ですから、電気自動車の普及のために努力し続けていくことが、今後の私の人生のすべてになると思います。

 

企業参加の交流会も主催し、幸せな未来社会の実現を目指す

――e-Gleでは、電気自動車の開発以外にも「情報交流事業」というものを行っているということですが、具体的な内容を教えてください。

当社が「未来の自動車社会を見つける会」と称した交流会をオーガナイズしていて、大小さまざまな企業数十社の方がご参加くださっています。電気自動車だけでなく、再生可能エネルギーやスマートエネルギーに関する情報交換や勉強会を毎月2回実施し、ゆくゆくは企業同士の共同開発や新ビジネスの創生につなげていくことが大きな目標です。有料ではありますが、ここにはいま25社が参加して下さっております。

――自動車業界以外の企業も参加しているんですか?

はい。クルマ社会が今後どう変化していくかということは、あらゆる業界に関係してくる可能性がありますし、エネルギーも多くの企業の関心事になっていますから、参加企業の業界・分野は多岐にわたっています。

今後さらに影響力の大きな交流会にしていくために、新たなメンバー企業を募集中です。

――この会から、既存の事業やクルマ社会をひっくり返すビジネスが生まれてくる可能性があるわけですね。

「この混沌とした時代に、何を頼りに、技術というものを考えていったらいいか」。それは、多くの企業にとって、存亡にもかかわるテーマだと思います。そこを追究していくのが、「未来の自動車社会を見つける会」です。

そして何よりも、企業のみにとどまらず、全世界70億人の人たちが幸せになれて、長生きできる社会を、電気自動車を通じてつくっていきたいですね。(了)

 

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3つの責務を社是とするe-Gle。 ①環境にやさしい自動車とエネルギーの開発・提供を通じて、子どもと家族の生きていく未来の世界を良くしていきます。 ②日本を、そして世界を救う「次の産業」の創出をします。 ③そのための「ヒト創り」のために、 未来の「よく生きる」をリードする社会作りを実践します。

 

【第1回】 伝説の電気自動車“Eliica”生みの親に聞く、電気自動車の真実と未来

【第2回】 「電気自動車×自動運転」と太陽エネルギーがもたらすユートピア 

【第3回】 あの「最速ポルシェ」を超えた加速力を体験!? 最新世代の電気自動車を試乗!

 

【取材協力】

清水浩●株式会社e-Gle代表取締役社長。慶応義塾大学名誉教授。工学博士。1947年、宮城県仙台市生まれ。75年、東北大学工学部博士課程修了。76年、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入所。79年電気自動車の研究開発に着手。82年、アメリカ・コロラド州立大学留学。97~13年、慶応義塾大学環境情報学部教授。2013年に退職し、電気自動車とエネルギーを研究開発する株式会社e-Gleを設立。04年に発表した8輪電気自動車“Eliica”が大きな話題を集めた。