例えば僕がゴミ回収人で、誰かに誘われたとしよう。
”君の肖像を作るから手伝わないか?外国へも連れて行く。
だが終わったら、ゴミ拾いに戻ってもらう。それでも来る?”
僕なら、ついていく。
ブラジル・リオデジャネイロにあった世界一のゴミの山を舞台にしたドキュメンタリー映画『WASTE LAND』の中で、主人公のアーティスト、ヴィック・ムニーズは力強くこう語る。
ちっぽけな個人の力では、根深い貧困問題など解決できるわけがない。でも、貧困の連鎖を断ち切る”きっかけ”なら与えることができるかもしれない。
彼のアートのテーマでもある”変容(トランスフォーメーション)”の力を使って・・・。
ブラジルが抱える問題
経済発展著しいブラジル。2014年のサッカーワールドカップに続き、2016年にはリオでのオリンピック開催を控える。だがその一方で、深刻な経済格差や貧困問題を抱え、国民の不満は募るばかり。
そんなブラジルの暗部の象徴とも言えるのが、リオデジャネイロ北部にあった世界一のゴミの山”ジャウジン・グラマーショ”だ。
W杯の開催に合わせ2012年に閉鎖されたが、かつてここには毎日7,000トンものゴミが運ばれ、幾つもの巨大なゴミの山が立ち並んでいた。そして、まるで砂糖の山に群がるアリのように、”カタドール”と呼ばれるゴミを漁る人々がメタンガスが立ち篭める山の中を彷徨っていた。
その数、3,000人。
彼らはゴミの山で生まれ、物心ついた頃からゴミを漁る生活を送る人々。山(彼らは”ホーム”と呼んでいた)の周囲には、漁ったゴミを買い取る業者やリサイクルする人々が生活するスラムがあり、15,000人もの人々が暮らす。
彼らはリオ市民からはバカにされ、軽蔑の対象であった。だから彼らは外部との接触を避け、山でひっそりと一生を送っていた。
暴力・麻薬・売春が蔓延る環境の中で。
ヴィック・ムニーズの数奇な人生
サンパウロ出身のアーティスト、ヴィック・ムニーズはとてもユニークな人物だ。労働者階級の家に生まれ、彫刻家になる夢を抱いていた彼は、若かりし頃に喧嘩の仲裁に入ったところを銃で足を撃たれた。
その事故の賠償金で彼はニューヨークへ旅立ち、そのまま彫刻家として活動を始める。次第に写真模写へ傾倒し、ガラクタやゴミを使って著名な絵画を真似るという独特の表現手法で一躍注目を浴びることとなる。
普段私たちが何気なく捨てている物が、アートに変わる瞬間。目を背けたくなるような物が、目を惹かずにはいられなくなる瞬間。
物が変容する瞬間のパラダイムシフトを彼はとことん面白がった。あらゆる物はトランスフォーマーである。かつてそこにあった意味は、次の瞬間には全く違った意味になりうる。
そんな彼の足が自然と向かった先は、世界一のゴミの山であった。
ほんの一瞬でもいい、別の世界を体験して欲しい
リオのゴミの山で、この世のどん底とも言えるような生活を送るカタドールたちと出会ったヴィックは、彼らの写真を撮り、ゴミを使って巨大ポートレイトの制作を始める。
彼らと共同作業を進めるうちに、ヴィックは彼らの不思議な魅力に気がつく。これだけ悲惨な生活の中でも、彼らはある種のプライドを持っていた。絶望はしているのだが、完全に悲観はしない。
ヴィックは次第にゴミだけではなく、彼らカタドールを”変容”させたくなってきた。
もちろんこれには反論も出た。彼らの人生を侮辱することになるのではないか、と。しかし、彼はもう止められない。ゴミのアート作品を世界の有名オークションで次々と売却し、売上を彼らに寄付。そしてその資金で彼らをそれぞれ海外旅行へ送り出した。
生まれて初めて外の世界を見た彼らは、つかの間の夢の経験を経たあと、またゴミの山へ戻ってきた。何事もなかった様にこれまでと同じ日々がまた始まる。だが、彼らの心の中では何かが変容していた。そしてヴィックの中でも・・・。
監督は『津波そして桜』のルーシー・ウォーカー。ほんの僅かな瞬間でも垣間見た世界の美しさは、未来を変える力になりうるということを、この作品は力強く語っている。
*参考:WASTE LAND(邦題:ヴィック・ムニーズ ごみアートの奇跡)
*写真:Vik Muniz Studio