前回:「FCV開発の苦労と困難」トヨタFCV開発者インタビューvol.2
今回はFCV開発責任者、田中氏に燃料電池に使われる水素の危険性と、安全対策、そして水素の持つポテンシャルについて伺った。
水素の危険性と安全対策
ーー(インタビュアー) 水素だから危ない、という意見がありますが、危険性はどうなのでしょうか。
水素が危ないと思われるのは自然な反応で、これまであまり使ってこなかったから経験がない上、「水爆」という言葉や原発事故では「水素爆発」が記憶に新しいです。とにかく水素にはデンジャラスなイメージがあります。
ーー ヒンデンブルク号も爆発事故を起こしてますし。
*水爆(水素爆弾)
原子爆弾を起爆装置として、水素の同位体である重水素、三重水素(トリチウム)の核融合反応を誘発し巨大なエネルギーを取り出す爆弾のこと。
*福島第一原発の水素爆発
津波によって被害を受けたことにより炉心冷却が出来なくなり、圧力容器内の水位が低下、炉心が損傷し、水素が発生。その水素が建屋の中にたまり、空気中の酸素と反応して爆発に至ったもの。上記水爆とは異なる。
*ヒンデンブルク号爆発事故
世界最大級の飛行船。浮遊ガスとして水素を用いており、アメリカでの着陸時に発火、爆発を起こして墜落して多くの犠牲者を出した。原因は静電気放電による発火から延焼し、爆発に至ったとの説が有力。
危険なイメージなものは普通は敬遠されがち。700気圧水素タンクは「爆弾背負って走っているのか!」と怒られることもあります。
ーー 知らないと余計に怖がられますからね。
まず身内、販売店のセールスマンやマーケティングにどう説明するかが大事。こういう対策をしているから安全なんだ、という生きた説明をしなきゃならない。もしお客様の質問に答えられないようだとかえっていらぬ心配をあおってしまうので、これまでの取り組みよりも踏み込んでやっていきます。
ーー 具体的にどういった安全対策がなされているのでしょう。
まず水素の性質を知る必要があります。水素は元素の中で1番目の元素、ということはとても軽いもの、軽いから、非常に拡散しやすいです。水素タンクと配管は車外に配置し、もし水素漏れが発生したとしても車外に逃げていくようになっています。
水素は無臭でプロパンガスのような臭いはないため、水素漏れセンサーを設置することが法令で義務付けられています。もし漏れたらセンサーで検知して、水素タンクのメインバルブを閉じます。配管系の漏れであれば少量ですし、漏れたものはすぐに拡散するので大丈夫です。
ーー メインバルブを閉じたら、大量には漏れないということですね。その時火がついたらどうなりますか?
ポンっとなる程度です。というのも、水素のもつエネルギー量はプロパンガス、メタンガスのようなガスと比較するととても低く、同じ体積での爆発力は低いからです。
ーー 水素タンクの安全性はどうでしょう。
タンクは衝突したとき変形すると困るので、飛行機の機体に使われている非常に強いカーボン繊維でぐるぐる巻きにしています。700気圧の倍の圧力にも絶えられるほど強力で、衝突試験で車体がつぶれるような状況でも、タンクはまったく潰れないほどです。
ーー 他の要因で車両火災になった場合はどうなるでしょうか。
車両火災の場合は燃えて温度があがるので、タンク内の水素が膨張し、圧があがりますからゆくゆくは水素タンクが爆発しかねません。そこで「溶栓弁」というのをつけています。これは温度が上がると溶けることで穴があいてガスを放出する弁です。
ーー 水素ガスを放出するとそこから火がつきませんか?
そうです、放出した水素ガスに火がつくといわばガスバーナーのように、シューっと炎を出しながら、ほんの数分で全部放出しきって燃え尽きます。
ーー ガソリンだとダイ・ハードみたいにドカーンと爆発しますが、水素は逆に吹き飛ばないんですね。
なりません。バーナーのように炎がでるだけです。それが横に出ると危ないので、後方斜め下へ出るようになっています。実際の炎をみると相当吹くからびっくりするけど、ボカーンと爆発はしません。
そもそも水素は酸素と混じってある濃度に達さないと燃えません。福島原発の水素爆発が発生したのは、建屋という閉鎖空間に水素が充満、酸素と混じったからです。
ーー よく銃でクルマを打ち抜くとドカーンと爆発していますが、これはどうでしょう。
これはガンファイア評価試験というものがあり、実際に水素タンクをライフルで打ち抜いてテストしてます。実際にやってみると弾がスポーンと抜けて、シューと水素が抜けるだけです。というのも100%水素だから、燃える反応にはならないからです。
漫画ゴルゴ13でも水素タンクを打ち抜く描写がありますが、やはり爆発はしませんでしたね。
ーー 爆発でいうとガソリン車の方が危険なんですね。
燃料電池自動車開発のトヨタの強みと他社との違い
ーー 燃料電池自動車開発におけるトヨタの強み、他社との違いはどこにあるでしょうか。
まずHV技術が大きいです。実は以前出していた燃料電池自動車ではFCHV-advと、HVを入れていたのですが今回はHVをとり「FCV」としました。HVはハイブリッドという意味なのですが、内燃機関がついているものと誤解されるので。
一方で今回のハイブリッド技術はなにかというと、燃料電池と二次電池のハイブリッドです。回生(発電)や、加速時のパワーアシストでハイブリッド技術を使っています。モーター、インバーター、二次電池、回生といったものはトヨタのハイブリッド技術を活かしています。信頼性の高いハイブリッド用量産部品を使えるのもトヨタの強みで、セルスタックはオリジナルで作って融合させています。
ーー ハイブリッド技術があるからこそ、FCVも作れるというわけですね。
今回のFCVはトヨタの最新クルマ作り技術をてんこもり、NVH(ノイズ、バイブレーション、ハーシュネス)性能をアップしたモデルです。HV技術とトヨタの車作りへのこだわり、質感をこのFCVにまとめたところにトヨタらしさが出せているのではないでしょうか。
インフラ整備と究極の「ポテンシャル」
ーー インフラ整備、社会を巻き込んでの将来像、イメージはどういったものをお持ちでしょうか。
昨今水素への関心が高まっていてありがたいのですが、今すぐ、一朝一夕に広まるという話ではありません。特に6月のFCV発表会で加藤副社長がプレゼンテーションしたスライドには「長い」と書いてあったのを、言葉で「ながいながい」と繰り返し言ったのが現状をよく表しています。
ーー 長いというと、10年以上くらい?
ハイブリッド車の場合、プリウス発売から17年たった現在、新車販売の約半分を占めるまでになりました。インフラが必要ないハイブリッド車でも17年もかかってこの状態ということは、インフラが必要なFCVはもっとかかるでしょう。すぐには広まりませんが、今はじめないとスタートが切れません。
ーー たしかにスタートが遅れれば遅れるほど、資源も枯渇して状況は悪化します。
先日FCVを発表したばかりですが、すでに次のステップのクルマの話が始まっています。これは初代プリウスの時以上に動きが早いです。
昨年BMWとの提携を発表しましたが、この中にはFC技術も含まれていて2020年頃出すことを目指しています。
トヨタはこれまで20年以上FCに取り組んでおり、FCスタック、タンクを内製するなどコア技術を自社製としてやるスタンスで望んでいます。コンパクトで高出力の車載用燃料電池技術は20年以上取り組んでプロダクト技術、生産技術両方を蓄積したから実現できたことです。
ーー これはなかなか他社が真似しようとしても、一朝一夕にできるものではありませんね。究極のエコカーといってもいいんじゃないですか。
これまであまり、究極のクルマといっていません。というのも「最高」というと成長がない、最高じゃないから、もっともっとがあると常に豊田社長が言っていることです。
究極なのは「ポテンシャル」です。この技術はポテンシャルをもっているからこそ、初代FCVを出すところから次のステップを考えて、系統立てて計画しています。
ーー 他車種展開の計画に至っていますか?
いままさに検討している段階と思います。
(次回は水素社会について、です)