前回:「水素の危険性と安全対策」トヨタFCV開発者インタビューvol.3
FCVの普及には長い長い時間、10年から20年かかるとトヨタでは見込んでいる。
その間社会はどうなっていくのか、そしてFCVの未来は。将来展望についてFCV開発責任者の田中氏に伺った。
気になる水素の値段
ーー(インタビュアー) 消費者として気になるのは燃料となる水素の値段です。今後水素の値段はどうなるのでしょうか。
発表会でも言ったように、現在のハイブリッド車と同じランニングコストになるように関係各所にお願いしています。ガソリンは長期的にみると上がり局面で、エネルギー情勢を考えると上がらざるを得ません。現在水素はガソリンと同等ではなく倍と言われていますが、今後下がっていくと予想されていて、2020年以降には 半分の500円/kgになるとの予測もあります(出典:NEDO 2010年度版水素製造・輸送・供給技術ロードマップ)。
ーー 水素の単位はキログラムなのですか?
一般的にキロ換算ですね。水素1kgは1気圧でだいたい11立方メートルです。
ーー それを70MPa(メガパスカル、約700気圧)の水素タンクに入れるわけですね。なぜ水素が安くなるのでしょうか。
水素は自然界に豊富で、水を電気分解しても作れます。エネルギー供給源として考えると、どこからでも入手可能な水素は資源を持たざる日本にはとても都合のいいものです。
コストが下がる他の理由として、水素は介在物としても優れている点があります。例えば、カナダでは水力や風力発電したものを水素の形にして輸出しようという動きもあります。
ーー 水力発電の電気を使って電気分解して水素にすればタンクで運ぶことができるわけですね。
電気は電気のまま使った方が効率がいいと言われていてその通りですが、電気は運んだり保管するのは不利です。電気を貯める電池は高価、なおかつ効率が悪いからです。
ーー カナダから送電線を引く訳にもいきませんし、確かに非現実的ですね。
他にも太陽光発電は曇ったら効率的に発電できず、逆に電気を余り使わない日曜日に晴れたら電気が無駄になってしまいます。じゃあその無駄になる電気を使って、水を電気分解して水素を作ったらどうか。貯めることができるわけですね。自然エネルギーは計画発電ができませんが、それを吸収するアキュームレーターとしての役割を水素に期待されています。
想像以上の乗り物、FCV
ーー 田中さんの方から、FCVについて改めて強調したい点はありますか?
燃料電池を使うFCVはエポックメイクな技術らしい車だけど、それだけ(燃料電池だけ)の車じゃない点です。もしそれだけ、というのなら車として悲しい話で、車としてどういう意味を持つのか、一部の方にしか響かないものであれば普及しません。だから燃料電池以外の部分をどう説明するのか、が大事です。
ーー 私たちは燃料電池自動車は体験できてないのでよくわからない、想像の範囲外、というのが現実です。
ぜひ体験してほしいクルマです。一例でいえば低重心でFFなのに前後バランスがよく、FFでこういうハンドリングの車はかつてないです。さらにモーター走行なので、立ち上がりが非常にいいです。
ーー アクセルに対する応答性が高い、ということですか?
特に立ち上がり。モーターは0回転からフルトルクが出ますから。
車作り的には剛性にこだわっており応答性がいいのは、ボディがきちんと支えているからモーターの性能がダイレクトに出せるんです。剛性が高いことで、同時に回頭性も高くなってます。
ーー 剛性といえば、リアはハッチバックに見えますけど、トランクとして独立しているのでしょうか?
トランクはキャビンとは完全に独立して作ってあり、ハッチバックではありません。トランクは滅茶苦茶広いわけではないけど、実用上十分なレベルの容量を確保していますよ。
ーー 独立したトランクなので、ボディ剛性にも寄与しているわけですね。
水素ステーションは数よりも立地が大切
ーー トランクといえばゴルフバッグですが、電気自動車だと航続距離が短くてゴルフ場にいけない、と良く聞きます。
FCVは実用で500km程度は乗れます。渋滞路では、さほど航続距離には影響しませんが、高速道路をびゅんびゅんいくと不利ですね、熱で逃げちゃいます。
ーー 大人しく走ればゴルフ場往復は出来そうですね。
充電スタンドは全国にすでに何千箇所も設置されていますが、水素ステーションは最初は数十か所くらいしかありません。不便を感じながら使わざるを得ないのは正直なところです。
ただ航続距離が電気自動車と違って長いので、都心であれば40箇所もあればだいたいのエリアをカバーできます。数よりも大事なのは、いかに利便性のいい場所に作れるかどうか、です。
買い物に行く場所の側にあれば、その途中で補給できます。月2回補給すると航続距離は月あたり1,000km、年間走行距離は1.2万キロですね。これは平均的な自動車の走行距離です。
確かに水素ステーションがたくさんあるに越したことないけど、都市部からはじめ、関東、中部、北九州エリアにそれぞれ40箇所もあれば、黎明期としてはなんとかなります。あとはニワトリ・タマゴの問題、相乗効果で普及していくのではないでしょうか。
ーー FCVが増えれば水素ステーションも増え、水素ステーションが増えれば利便性が高まるのでFCVも増えると。
全国バラバラに数を揃えるのではなく、集中的に配備するのが大事です。その点東京は東京オリンピックが2020年に開催され、都知事も水素エネルギー社会の実現に積極的です。
電気の消費地、将来のエネルギーのありかたを示す場所として、東京は最適です。東京や中部などを中心として、まず幹線沿いに広げ、その後20年ほどかけて全国に広まっていくようなイメージです。
アメリカで爆発的に自動車が普及したのは、ガソリンスタンドの整備とインターシティハイウェイが用意されたことが要因としてあるので、政策誘導は大事です。
ーー 東京オリンピックをトリガーにして道路の整備、圏央道、外環道路工事が急ピッチに進んでいます。
色々な相乗効果が重なって行けば、水素にも必ずブレイクスルーがあるでしょう。
ーー 水素がムーブメントになると。
世の中そんなに甘くないけど、少なくともそういった物語をいえるようでないと、夢も希望もないので(笑) そういう理屈は整えた上でやっていきたいですね。
ーー ありがとうございました。
まとめ
田中氏はFCVの前はPHVを開発しており、今回のFCVはコンセプトデザインから手掛けている。FCVはPHVと異なり内燃機関がないこと、エネルギーソースがガソリンではなく水素であることから、クルマ作りの根本から異なる。電気以上に社会インフラが整備されていない現状、購買可能な値段で市販車を出すというのは英断であろう。
コンサバに考えると、水素を使った燃料電池自動車を出すこと自体、時期尚早と思える。石油供給は比較的安定しており、ここ数十年で考えた時に危機的状況にならない見通しだからだ。
しかし危機的状況になってから始めたのでは手遅れである。車両開発だけではなく、インフラ整備には数十年のタイムスパンが必要である。
我々消費者がコンサバになるもう一つの理由は、まだ誰も体験していないからだ。気体である水素をどう補充するのか、乗り味はどうなのか、ぶつかったとき、故障したとき、燃えないのか、爆発するんじゃないか、不安は限りなくある。しかしトヨタではそれに対する答えと解決方法を用意しながら車両の開発を進めている。
危険、ということでいえばガソリンも危険な液体だ。ガソリンスタンドに水が常に流れているのは静電気防止と延焼防止のためである。ガソリンを入れ過ぎて漏れないように、オートストップ機構といった安全装備も最初からあったわけではない。さまざまな安全対策により、安全に扱えるようになっている。そうであれば、水素もそうなる日が間違いなくやってくるはずである。
ガソリン社会から水素社会への転換は色々な課題が山積みであるが、一歩を踏み出さないと永遠に新しい社会はやってこない。今がその時、である。