今年の夏は、すべての原発が止まっている。政府は再稼働を急いでいるが、実際に私たちの暮らしにそれほど多くの電気が必要なのだろうか。
「生活の領域に実際に必要なエネルギーの3分の2は、電気ではなく熱なのです」そう明快に答えてくれたのが、エクセルギーハウスを設計する建築家、黒岩哲彦(あきひこ)氏である。
資源エネルギー庁の2013年の調査では、家庭で使うエネルギーのうち給湯、冷房、暖房といった熱需要は65%を上回る。それらを電気でまかなおうとすると電気が多量に必要だが、熱を熱でまかなえば、必要量は大きく減る。エクセルギーハウスでは、これらの熱需要を、雨水の蒸発や太陽熱、放射熱といった身近なところで消費できるエクセルギーをうまく使って快適な家を作りだしている(酷暑に涼を!次世代のエコを見据える「エクセルギー」がイマ熱い)。
「エクセルギーは探そうと思うえば、身近なところでたくさん見つかります。暖かさ、冷たさ、空気の湿り気、光、動力など。身近な資源性であるエクセルギーは、今まであまり注目されていなかったが、環境によっては大きな能力をもつのです」
黒岩氏が指摘するように、視点を変えると、私たちの身の回りにたくさんの宝物のようなエクセルギーがあることに気がつく。
たとえば、黒岩氏が手掛けたプロジェクトでも、温泉の温エクセルギーを利用して水道水の水を加温したり、豪雪地帯では冬に降った雪の冷エクセルギーを活用して日本酒や豆腐の貯蔵施設を作っている。猛暑の夏を過ごすと、その熱を利用しないのはもったいないなと感じられてくるから不思議だ。
生きものの力で排水も浄化
エクセルギーハウスではエクセルギーを活用した温熱環境だけでなく、排水を植物などの力で浄化する「食菜浄化水路」も提案している。
人間が散らかしているキッチンから出る食べかすや、石鹸などを含んだ排水は、人間から見るとゴミだが、生きものたちから見るとごちそう、栄養分なのである。水路に育つメダカやドジョウ、稲やクレソン、セリなど生きものたちがその栄養分を集めることにより、水は浄化され、最後は微生物が暮らす緩速ろ過槽に入り、人が飲めるほどの水になる。詳しくは黒岩氏の著書「エクセルギーハウスをつくろう」(コモンズ刊)を参考にしてほしい。
この食菜浄化もまた、エクセルギーの視点だという。薬品などを使わず、生きものたちの営みによってキッチンの排水のもつ資源性(エクセルギー)を集めて浄化を実現しているのである。
水を作ることができるというのは防災を考えても心強い。災害時に最後まで復旧が遅れることの多い水を確保できる。さらに、床下に溜めている雨水は3~6tあるので、消防自動車2~4台分の非常用水を自宅にストックしていることになる。
また、エクセルギーハウスでは300wの太陽電池だけで給湯、冷暖房、排水浄化に必要な電力をまかなっているので、オフグリッド(送電線に頼らず、電気を自給する仕組み)の家も可能だという。ライフラインが止まっても自立できる家となる。
エクセルギーハウスを建てた施主の中には一般的な3~4kwの太陽電池を載せている場合もあるが、電力使用量が少なくてすむため、電力使用量より発電量が大幅に上回り、順調に売電益が出ている。エクセルギーハウスに建て替えたことで、光熱費も以前の3分の1になるケースがあるなど、経済性も見逃せない。
持続可能な社会へ向けたエクセルギーの視点
エクセルギーを活用するためにはいくつかの視点が重要だと黒岩氏は説く。
ひとつは、身近なところで放っておくと散らかっていく、エクセルギーを見つける視点を養うことである。たとえば、猛暑の東京では、25度の雨水は冷エクセルギーをもっているが、極寒の地では温エクセルギーをもっていることになる。環境によって同じ資源性が違う価値をもつことを発見する柔軟な発想が重要だ。
もうひとつは、効率を重視するのではなく、トータルで役立つようにすればいいということである。
たとえば、植物は太陽の光で光合成を行い、グルコースを作るがそれはわずか6%の効率だという。あとの94%は消費しているわけだが、それは無駄ではなく、酸素を作ったり、水蒸気や冷エクセルギーを作り出している。つまり、植物が散らかすのに用いたエクセルギーは、人間だけでなく隣のさまざまな生きもののいとなみに役に立っていることになる。「隣に役立てば、効率を追求する必要はない」と黒岩氏は語る。
どうだろうか。遠くの資源から身近な資源(エクセルギー)への着眼と、効率重視からの脱却。エクセルギーの視点は、建築だけでなく、持続可能な社会を考える時にも大きなヒントになりそうだ。