“ジャズの町”と聞いたらどこを思い浮かべるだろう。
ニューヨーク?
いやいや、やっぱりニューオーリンズ?はたまたボストン、それともパリ・・・。
しかし、今最もジャズで熱くなっている町がある。それはスペインのバルセロナ。子供たちがスウィングする町だ。
子供たちにジャズの楽しさを
事の始まりは、一人の男が音楽学校の講師となったことだった。サックスを操り、ベース弾きでもあるその男Joan Chamorroは、かつては大物アーティストのヨーロッパツアーメンバーも経験した腕前。そんな彼が生まれ故郷バルセロナのサン・アンドレ音楽学院の子供向けクラスの講師を引き受けた。
音楽学院といってもエリート養成学校ではなく、子供たちが放課後に音楽を習ったり、大人たちが仕事帰りに音楽を楽しむといったような市民の”カルチャースクール”のようなところ。しかしジョアンはそこでサックスを教えているうちに、驚くべきことを発見した。
「幼い子供たちに”本物”のジャズを聴かせると、自然とリズムにのってくる。歌い、踊り、心の底から楽しんでいると、楽器の上達も早くなる。」
彼は昔馴染みのミュージシャンを教室に招いて演奏してもらい、子供たちと一緒に歌い、踊った。子供たちの腕前はメキメキと上達し、ついに2006年、6歳~18歳の子供たちのジャズ・オーケストラ”SANT ANDREU JAZZ BAND”を結成。バルセロナ市内各所にある広場で演奏を始めた。
「凄い子供たちがいる!」そんな噂がバルセロナの町に瞬く間に広まった。市内にあるジャズクラブにも出演するようになり、子供たちは連日プロ・ミュージシャンとのセッションを繰り返す。そしてそれぞれが才能を開花させ始めた。
そんな中、二人の”中学生”歌姫が誕生する。
Eva Fernandezはサックスとクラリネットが得意な少女。すらりとした健康的な雰囲気が特徴的。
透明感のある伸びやかな声で歌い、これまた伸び伸びとしたサックスソロも魅力的だ。
もう一人の歌姫Andrea Motisはトランペットとサックスが上手な少女。
アンドレアの魅力は微かに漂う気怠さと、そのジャズ・ボーカルの大人顔負けの表現力だろう。
アマチュア楽団からプロへ
このエヴァとアンドレアという対照的な二人のヴォーカルが注目を集め、次々とCDアルバムを製作。バンドはバルセロナのみならず、一躍スペインや周辺国へと認知されるようになった。
そして歌姫の一人、アンドレアの才能が爆発的に開花する。
ジョアンはアンドレアをボーカルに立てた小編成のバンドを組み、録音を重ね、学校の休みを利用して海外ツアーを行った。ライブを重ねるごとに彼女の才能は花開き、深みを増してゆく。
“バルセロナの歌の上手い女の子”から一人の”ジャズシンガー”へと人々の認識が変わるのに時間はかからなかった。
しかし、そんな彼女たちにも”卒業”の日がやってくる。子供たちの放課後活動であるSANT ANDREU JAZZ BANDは、高校を卒業したら”卒業”しなければならない。二人の看板が同時に退団することはバンドにとって大きな痛手。
だが、ジョアンは手を打っていた。新しい歌姫の誕生である。
白羽の矢が立ったのは、それまでベースを担当していたMagali Datzira。どちらかといえば見た目も演奏も地味だったマガリをジョアンは大胆にもフロントに起用した。
デビュー公演には”卒業”した先輩歌姫たちがコーラスで参加。その光景は、まるで新しい歌姫の誕生を祝福するかのようだ。
バルセロナでのジャズ熱は、とどまるところを知らない。休日には町のあちこちで音楽が鳴り響き、住人たちも旅行者たちも共に歌い、踊る。
バルセロナに遊びに行くのなら、スウィングしなけりゃ意味がない!