昨今、水素を燃料とするFCVの新車がトヨタから発表されたり、世界に先駆けて日本が洋上で水素を生産する技術を開発したりと、水素が注目されている。
いずれもエネルギーとしての水素の役割が注目されているという共通点があるのだが、ここにきて、医療現場で水素が示した可能性が注目される発表があった。
それは、心肺停止状態になった患者の生存率に係わる発表だった。
水素ガスが生存率を高める?
慶應義塾大学医学部の林田敬特任助教(救急医学)と佐野元昭准教授(循環器内科)らのグループが、心筋梗塞などで心停止状態になった患者の生存率を高め、後遺症も少なくするために水素が有効であることを発表した。
なんと水素ガスに、細胞が死ぬことを押さえる働きがあるのだと言う。実際、心停止状態に陥ったネズミを蘇生させた直後に水素ガスを吸わせるという実験で、そのことを証明している。
結果は顕著だった。水素ガスを吸わせなかったラットのグループは1週間後の生存率が僅か38%だったのに対し、水素ガスを吸わせたラットのグループの生存率はなんと71%だったという。
さらにこの実験で注目されたのは、生存率だけでなく、脳機能低下を改善することができたということだった。
活性酸素の細胞破壊を水素で防げ
研究グループではこれまで、脳梗塞や心筋梗塞を発症させた脳や心臓の血管詰まりを、水素ガスを吸入させながら血管を広げることで、症状が軽傷化するという現象を動物実験で確認してきていた。
この実験をより臨床現場に近づけるために、ラットで心肺停止モデルを作り、心肺停止状態を6分間維持した後に胸骨圧迫や人工呼吸で蘇生させ、7日間の経過を観察したのだ。
その結果、生存率だけでなく脳機能スコアも著しい改善を見せたのだ。
さらに、水素ガス吸入に、低体温療法を組み合わせると、その改善効果はさらに高まるという。
実は一端心臓が停止した患者を蘇生させて血液の流れを再開させると、活性酸素によって細胞が傷つけられてしまうことがある。
そのことが原因で、患者が死亡したり、死を免れたとしても重い後遺症によって社会復帰が困難になっているという現実があるのだ。
これが血流再開の際に水素を吸引させると、活性酸素の働きを水素が取り除くことが分かったわけだ。
このことで、これまで社会復帰が困難になる可能性が高かった患者の多くを救うことができる可能性が出てきたことになる。
水素が我々の脳を守る可能性
AED(自動体外式除細動器)の普及などにより、心肺停止からの蘇生率は高まっているという。
しかし脳や心臓の後遺症が重く、社会復帰の可能性が低いことが問題になっていた。
これは前述した通り、組織に血液が再び流れ始めた際に、大量の活性酸素が発生して組織を破壊してしまうためだ。これは「心停止後症候群」と呼ばれ、医療現場での大きな課題となっていた。
この活性酸素を水素ガスで除去できる、ということがこの度発表された実験結果だった。
現在では心肺停止した患者の脳ダメージを防ぐために、低体温療法が行われているが、より簡単に措置ができる水素ガス吸入が実用化されれば、さらに後遺症を防げると期待される。
研究グループの佐野元昭准教授は、今後、薬事法承認取得を目指して臨床試験を進める価値があると語っている。
今注目の水素は、我々の脳を守るかもしれない。