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世界が称えた日本のUNSUNG HERO(謳われることなき英雄)

ハーバードからチベットへ

トモは幼いころから世界を飛び回っていた。横浜で生まれた後、国際銀行家である父の仕事の都合でイギリスへ渡る。小学校は再び日本で通い、中学からはアメリカ・ボストンへ。そのまま地元のハーバード大学に進学し、世界への強い興味から文化人類学を専攻し、また医療の道も考えていた。

大学一年の夏はフィジーでコミュニティ・サービスのスタッフとして働き、二年の夏はボツワナで文化保護NGOのインターンとして活動。三年時にはオックスフォード大学へ半年間留学し、夏には外資系投資銀行の東京オフィスでインターン生活。学生でありながら家付き月給55万円という破格の待遇を味わう。

4年時には正式にオファーも受けるが「自分がやりたいことはこれではない!」と確信し、卒業後は”フリーター”に。目標が見いだせない日々が過ぎ、ある日突然長年の”憧れの地”であった中国へ渡ることを決意する。北京で英語講師をしながら中国語教室へ通うが、SARSが中国全土を襲いNYへ避難。

世界の中心NYで多くの刺激を受けた後、再び中国へ渡りチベットを支援する国際開発NGOの四川省オフィスへ就職。チベット族の学校建設・職業訓練を通じて、雄大なチベットの自然と文化に出会う。近代化が猛スピードで進む中国において、チベットが本来の姿を保ちつつも持続可能な成長を続けられるよう働き続けた。

多くのチベット族たちと共に過ごし、今のチベットの姿を記録し世界へ伝えるためドキュメンタリー映画の製作にも参加した。

チベットからハーバード、そして世界へ

二年間の任務を終え、「これが自分のやりたいことだ!」と確信したトモは、国際開発の世界へ進むためにハーバード・ケネディ行政大学院で公共政策学を学ぶため再びボストンへ。卒業後はユニセフ(インド)、セーブ・ザ・チルドレン(コートジボワール)、英国大手財団Children’s Investment Fund Foundationにて世界の子供たちの保健・教育・権利に重点を置いたプロジェクトの企画推進・評価等を行う。

その後日本において東京大学グローバルヘルス・リーダーシップ・プログラムの特任助教となり、日本においてのイノベーションの創出や普及に尽力。日本のヤング・リーダーとして徐々に知られるようになる。

また、”ローテク・ローコスト・ハイインパクト”をモットーとするユニークな活動で世界に知られるNGOコペルニクには設立当初から参加。出張で世界を飛び回る代表の中村氏の重要な右腕として、本部があるバリ島ウブドへ生活の拠点を移し活動を始めた。