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サントリー社長の「45歳定年問題」はなぜ炎上したのか

先日、サントリーの新浪社長の発言で、ネット上でちょっとした“炎上騒ぎ”となりました。産業医の大室正志さんは本件について、医師の立場も交えながら「なぜ炎上が起こってしまったのか」について考察しています。


 先日サントリーの新浪剛史さんが「45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ」と話したと報道され、ネット上でちょっとした炎上騒ぎになりました。 
 
ヤフコメやTwitterでは「もうサントリーの商品は買わない」と反発をしている人にイイねが沢山つき、新自由主義的な意見を持つ方が多く利用するNewsPicksのコメントですら賛成反対の真っ二つに分かれている状況です。 
 
私自身もJ&J時代は人事総務部所属だったこともあり、人事制度の改定発表をする時、社員からの反発が起きないよう、発表文書の単語1つ1つまで念入りに推敲する人事部の姿を間近で見てきました。 
 
人事制度は社員の生活に直面するだけに経営者が言及することは非常に大きな意味を持ちます。ですのでこの報道を読んだ時、経営者の言葉としては少々乱暴ではないかと感じました。 
 
新浪さんはハーバードMBAホルダーのプロ経営者。また2014年に大型買収でビーム社を傘下に収めたグローバル企業のトップでもあります。こうした御経歴の方が、日本の多くの会社が採用している人事制度について異を唱えることはそう珍しいことではなく、なぜそのような意見に至ったかという思考過程も想像がつきますし、言いたいことの「気持ち」は分かります。 
 
ただ大企業を率いる社長(=公人)として言い方には注意を払うべきだったと思います。 
(どこまでを公人とするかには議論がありますが、マスコミ的な定義であれば政治家はもちろん上場企業の社長は公人だそうです。サントリーは非上場企業ですが、その規模からいってその社会的役割はほぼ公人と言えるのではないかと思います。) 
 
公人とは、公の場で「思ってても言っちゃダメなこと」が増える人のことです。 
 
そんなことを知らない訳がない新浪さんがなぜこんなことを言ったのか。 
 
記事をよく読んでみるとこれは社員に向けた言葉ではなく、経済同友会の勉強会に参加した際に発したものでした。その時のキャッチーな部分を新聞記者がセンセーショナルに伝えたということが今回の発端なようです。 
 
当然ですが、経済同友会の勉強会のように中長期の未来の日本企業の在り方を考える話と、明日自社の人事制度をどうするかという話は分けて考えるべきです。また言葉使いはその場のメンバーや目的によって使い分ける方が普通です。 
 
医師の場合、自分の科の医師同士で診療後に行われるカンファレンスでは、主に抗がん剤や放射線を使った治療方針を5年生存率やリスクなどを基に議論しますが、当然専門家同士の議論ですので患者さんを前に説明する時の言葉とは異なります。そこでは冷静な、見ようによってはドライな議論をしていても、患者さんに説明するときは分かりやすさや気持ちに配慮したコミュニケーションを心がけます。 
 
もしこのカンファレンスのやりとりをどこかの記者が聞いていたと仮定して、ある部分だけを抜き出し伝えたら、やり方によっては非常に冷たい医師という印象を作り出すことも可能でしょう。 
 
今回の新浪さんは経営者というある種の専門職同士の議論の一部を社員向けの言葉と思われるように切り取られ発信されてしまったことに炎上の原因があります。 
 
本人も後に「定年という言葉を使ったのはまずかったかもしれない」と認めた上で、「45歳は節目で、自分の人生を考えてみることは重要だ。スタートアップ企業に行こうとか、社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首切り』をするということでは全くない」と説明し、現在のサントリー社員へのメッセージではないということで、一応鎮火しました。 
 
ただし、この発言のインパクトは物凄く、これを契機に日本の人事制度がいかに「働かないおじさん」を作りだす構造になっているか論理的な説明をした記事が溢れました。 
 
管理職のポストは少ないので、年功的な賃金体系を取っている会社では40歳を過ぎたあたりから、年収と職務内容が見合わない社員が増え、その方々はモチベーションも上がらず、かといって転職した際の市場価格より現在の方が高いため、退職したがらない。こうして「働かないが退職もしない社員」が生まれると。 
 
これを防ぐためにはかつてリクルートで「38歳定年制」と呼ばれたような節目年齢で莫大な退職金を用意し、その後のキャリアを再度考えられるような制度設計なども一案でしょう。 
 
ただし制度はあくまで制度。それを受け入れる人間には感情があります。 

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※lassedesignen/Shutterstock